松下幸之助と『経営の技法』#15

 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。

1.3/1の金言
 進歩し続けるために”なぜ”と問う。私心なく一所懸命に問うてみる。

2.3/1の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 素直な子供は、一所懸命であり、納得ゆくまで「なぜ」を繰り返し、成長していく。
 大人も同じで、毎日新たであるためにはいつも「なぜ」と、自分で考え、他にも教えを求める。「なぜ」と問うネタは随所にあるが、それを見失って十年一日のごとき形式に堕した時、人の進歩、社会の進歩は止まる。繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくる。

3.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 今回はいつもと順番を変えて、ガバナンス上の問題から検討しましょう。
 すなわち、経営者が変化を求めなくなることの問題を、松下幸之助氏は問題にしていますが、ガバナンス上それがなぜ問題なのかを確認します。
 それは、「リスクを取らないことがリスク」だからです。
 つまり、投資家が経営者にお金を託すのは、経営者に儲けてもらうためです。すなわち、経営者のミッションは「儲けること」にあります。しかも、一発儲ける、人に嫌われようがどうしようが構わない、というやり方はビジネスではありません。違法な手段でも良い、ということに繋がりかねず、そうなってしまっては、暴力団と同じです。永続的に儲けるためには、ビジネスが社会に受け入れられることが必要であり、「適切に」「儲ける」ことが必要です。
 さて、「儲ける」ためには、チャレンジしなければなりません。つまり、リスクを取らなければなりません。リスクを取らずに利益がないことは、説明するまでもないでしょう。しかも、一か八かの賭けをするのではなく、「適切に」リスクを取る必要がありますから、リスクを十分検討し、デュープロセスを尽くしてリスクを取らなければなりません。いきなり思い付きだけで突っ走ることが許されるのは、投資家や従業員など、誰も困らせない個人事業主ぐらいで、普通の経営者は、リスクを取るためには充分な検討が必要なのです(もちろん、無駄にダラダラ時間をかける、という意味ではありません)。
 このように、新しいことにチャレンジしない経営者は、株主の負託に応えたことになりません。
 そして、新しいチャレンジも、簡単に思いつくことではなく、日ごろから模索し続けなければなりません。
 松下幸之助氏の金言は、ガバナンス上の経営者の立場を的確に表現しているのです。

4.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 すなわち、常に「なぜ」と問いかけ続けることを実践するのは、経営者だけでなく、会社組織自体でもあるはずです。経営者のミッションである「適切に」「儲ける」ことを実践するのが、会社であり、そのための仕組みが内部統制だからです。
 まず、「なぜ」という問いかけがどのように活用されるのか、ということですが、一つはビジネスの種であり、もう一つは既存ビジネスの改良(特に、リスク低減)です。この2つの両極端な要素のブレンドが、「なぜ」の実態と言えるでしょう。
 次に、「なぜ」という問いかけを誰が活用するのか、ということですが、リスク管理の観点から見た場合には、全従業員がこれを行うべきです。内部統制を人体に例えた場合、体中に張り巡らせた神経があるから、危険を察知できるからです。
 他方、経営の観点から見た場合はどうでしょうか。
 たしかに、経営を取りまとめ、会社の方向を決定する業務については、それが大きな会社で社内外の利害関係が複雑になるほど、高度に複雑な判断が必要になりますから、経営者自身や、経営企画等の専門部署が「戦略」を練る必要性が高くなってきます。
 けれども、ビジネスの「種」は、もっと現場に近いところにも沢山あります。ビジネスの種は、全従業員が手分けして行い、その種の発芽可能性や成長可能性の見極めと戦略化は経営企画が行う、という体制を描くことも十分可能であり、チャレンジの機会を広げるという意味では、「種」の見つかる可能性が広がるでしょうから、十分合理的なのです。
 このように、松下幸之助氏の金言を会社組織全体の問題として展開することも、十分合理的なのです。

5.おわりに
 松下幸之助氏の金言は、経営者自身の在り方として語られる場合が多く見受けられますが、経営者が経営者のために語っていますので、それは経営者個人の問題にとどまるものではないはずです。経営者が考えるべきことや行動すべきことは、会社全体で考えるべきことであり、行動すべきことなのです。
 このように見た場合、「なぜ」という問いかけは上記のように分析されました。
 どう思いますか?


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