松下幸之助と『経営の技法』#123

6/17 純粋な感激

~魂を製品に込める。その生産の労苦を認めてもらうところに、純粋な感激がある。~

 一般にわが社では、苦労して作った商品を大切にしないように見受けられるが、自分たちの手掛けたものが世上でどのように扱われているか、強い関心をもたねばならないと思う。私が昔、直接生産に従事していた時、新しい品物を代理店へ持参して見せると、「松下さん、これは苦心された品ですね」と言われたことがある。こう言われた時、自分は無料で進呈したいと思ったほど嬉しかった。
 これは高く売れて儲かるという欲望的意識でなくて、よくも数か月の労苦を認めてくれたという純粋な感激だったのである。この感激は、常に己の魂の至誠を製品にこめる者のみが味わうものであり、この喜びに全社員がひたる時にこそ、わが松下電器が真に生産報国の実をあげ、確固たる社会信用を獲得することができるのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 世上でどのように扱われているか関心を持て、という部分から、マーケティングの重要性を論じている、と見ることも可能です。
 けれども、その後で話されていることは、自分たちの苦労が認められたことの手応えです。そのような喜びが励みになり、モチベーションを高める、という効果の面と、そうするためには製品に「常に己の魂の至誠をこめる」必要がある、という原因の面があります。
 さらに、前者の効果については広がりがあります。全従業員がこの思いを共有できるほど一体となって気持ちをこめていけば、社会に貢献し、会社もその社会的地位を確立する、というのです。
 随分と盛りだくさんの内容ですが、思いを込めて製品を作ることが起点となっていることがわかります。つまり、思いを込めて製品を作る→苦労を理解してもらえる→励みになる→社会に貢献する→会社の社会的地位が高まる、という流れが示されているのです。
 そうすると、思いを込めて製品を作り、社会に認められ、それが励みになって、さらに思いを込めた製品作りに励む、という好循環も容易に理解できるところです。
 人間には、他人に認めてもらいたいとする欲求がある、とよく言われるところです。それを、仕事の中で実現していくように誘導することで、仕事に取り組む姿勢を、受動的な状態から能動的な状態に変換させることが期待できます。やりたいことが仕事の中に見つかるからです。さらに、会社の製品は個人よりも社会との接点が多いですから、他人に認めてもらえる機会も多くなります。個人の活動よりも、他人に認めてもらえる機会が増えるのです。もちろん、自分一人の力ではないので、他人を出し抜いて自分だけ評価されたいと思う人にとっては、会社の仕事を通して社会に認められる、という行動に魅力を感じないかもしれません。しかし、仲間と一緒に取り組むという連帯感や、計画的に仕事を進めていくという安定感がこれを上回る人にとっては、「ハマる」状況です。
 このように、仕事に思いを込めることで、社会的にも評価される、という動機づけは、従業員のモチベーションと業務品質の向上に好循環をもたらす仕掛けとして、昔から様々な形で語られてきた経営戦略なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、このように従業員のモチベーションと業務品質を関連付け、まさに二兎を追うように両方を実現させてしまうのは、経営者の素養として非常に素晴らしいものであり、このような経営者を連れてきて会社を任せたい、と思うところです。
 けれども、これは結果から見た場合の話です。
 経営施策は、一つの目的に一つの経営手法が対応するものではなく、様々な施策の組み合わせも重要な問題です。単純に、従業員に対して「心を込めて仕事をしろ」と言うだけでこのような効果が生まれるわけではなく、実際に従業員が心を込めて行動するような仕掛けづくりをしたり、社会の反応を集めてフィードバックする仕掛けづくりをしたり、など様々な施策が組み合わされて、やっと効果が出てくるものです。信じた経営施策をやり続けるしつこさが必要な場合もあるでしょうし、逆に、素早く見切りをつけてその施策を諦め、違う施策にチャレンジすべき場合もあるでしょう。
 このようにやればいい、ということがわかっていれば、経営のプロを雇う必要はないので、むしろ経営者に求められる資質は、いろいろ試した結果、このような「必勝」モデルを作り出せるような資質(運も含む)、ということになるでしょう。

3.おわりに
 例えば、社内弁護士時代、いくつかの会社で「定期便」という取り組みをしたことがあります。これは、社内弁護士ではなく法務部員を部門担当者とし、社内弁護士がサポートとして、当該部門を毎週同行して訪問する取り組みです。当該部門との関係が良好になる、法的サポートの質が向上する、法務部員のスキルが上がる、法務部への信頼が高まる、法務部員の社内でのキャリアパスができる、など様々な効果がありました。
 このように、一つの施策が、思いがけず複数の効果を持つこともあります。
 経営施策は、図式的に考えられるものではないのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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