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松下幸之助と『経営の技法』#145

7/9 心は最前線に

~仕事を任せていても、精神的には、自分がやっているような気魄をもつ。~

 部下に任せるということは極めて大事だけれども、その一方で、いつでも自分が率先垂範するというか身を挺して事にあたるという気魄をもっていなくてはならないと思う。そういう気魄、心がまえをもちつつ、部下に仕事を任せるということである。いわば、かたちの上では任せているが、精神的には自分が直接やっているような気魄を一面にもっていることが大切なのである。体は後方にあっても、心は最前線にいるというようなものである。そうすれば、部下の人もそうした社長の気魄を感じ取って、自分は社長にかわってこの仕事をやっているのだ、というような気持でそれに取り組んでいくと思う。それによって仕事の成果もあがり、人も本当に育ってくるだろう。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 私が社内弁護士だった時代、管理職も経験しましたが、そのときに教わった言葉で、時が経つにつれて「良い言葉だなあ」と実感している言葉が、「背中を見る」です。
 「背中」と言えば、親父の背中のように、仕事や生活に取り組む後ろ姿を見せて自然と学ばせる、という言葉を連想しますが、この「背中を見る」という言葉は、逆です。つまり、上司として部下に仕事を任せるが、かといって放任するのではなく、肝心なところでは声をかけ、「気にかけていてくれる」と思わせる距離感、「背中を見てもらっている」という距離感を大事にする、というツールです。
 背中はあくまでも見つめるものであって、見守っているだけですので、普段は口出しも手出しもしません。けれども、何かあればすぐに駆け付けて助けられる態勢にあります。放置されているのではないから、良いことがあれば一緒に喜んでくれ、上手くいけば褒めてくれ、辛いときには声をかけてくれます。
 このように見ると、松下幸之助氏の言葉は、この「背中を見る」と全く同じです。任せているが気にかけている関係を、「気魄」という言葉で表します。他方、従業員から見た場合、命令されているわけでも放置されているわけでもなく、任されている、という感覚を表す言葉として、「社長にかわってこの仕事をやっている」という意識です。
 任せて育てる、ということは、放任することではなく、サポートしながら見守ることなのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者としては、部下を育て、自分と同じ感性を持った人間を会社の中に多くちりばめていくほど、会社を手足のように使えるようになります。「分身の術」です。
 これは、かつて日本で盛んだった「派閥政治」に似ていますが、それは社内の人事権を通したつながりであり、仕事に関する考え方や能力などを共有する人たちの信頼関係は、これよりも主体的で、何も後ろめたいことを感じる必要はありません。
 つまり、つまらない政治的な駆け引きや足の引っ張り合いなどではなく、人材を育て、会社の体力を強化していく中で、自然と信頼できる人間が増えていくのです。
 このように、人を育てることで、会社の体力を強化し、中長期的な成長の基盤を強くし、同時に会社の統制力を高めていくようなリーダーシップこそが、経営者に求められる資質なのです。

3.おわりに
 信念と熱意は、個人として見ても重要な「熱源」「エネルギー」です。周囲と時間に無為に流されるのではなく、自分自身の手応えを感じながら暮らしていくのに、積極的で主体的な活動のエネルギーが必要です。人によってそのエネルギー源は違うでしょう。好奇心、名誉欲、等様々ですが、「信念」「熱意」は、周囲の人にとっても付き合いやすいエネルギー源です。例えば名誉欲が強すぎる人だと、苦手だから近寄りたくない、と思われがちですが、理想を追い求める人だと、話しを聞いてみたい、理想を一緒に追い求めたい、サポートしたい、等という気持ちにさせることが、比較的多くなります(それでも、苦手に感じる人はいますが)。
 そうすると、このような周囲との関係が増え、深まること自体が、自分を理想に近づけますので、さらに「信念」「熱意」を生み出してくれる、という好循環も期待できます。
 会社の立上時や再建時、変革時など、会社の基礎を築き上げる経営者は、多くの場合、非常に個性が強いですが、共通するのは、疲れを知らずに走り続けるエネルギーです。松下幸之助氏の言葉は、そのような経営者のエネルギーを、従業員にもおすそ分けしましょう、という意味ではないでしょうか。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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