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松下幸之助と『経営の技法』#147

7/11 任せて任せず

~人に仕事を任せるときは、放り出さず、”任せて任せず”で任せてみる。~

 この仕事が自分は一番好きだからやってみたいというのであれば、そうさせたほうがうまくいくことが多いと思うのです。もちろん、任せてみたところ、その人の欠点が出るということもあります。その欠点については、やはり経営者が直してやらなければならないと思います。直しても直らないようであれば、その人をかえるというところまでところまでやらなければなりません。
 これは言い換えますと、“任せて任せず”ということになると思います。任せて任せずというのは、文字通り”任せた”のであって、放り出したのではないということです。
 経営者というものは、どんな場合でも、最後の責任は自分にあるという自覚をもっていなければならないと思いますが、そのように腹を括っていますと、仕事を任せた場合、どういうふうにやっているか、いつも気になっているというのが本当のところでしょう。任せてはいるけれども、絶えず頭の中で気になっている。そこで時に報告を求め、問題がある場合には、適切な助言や指示をしていく。それが経営者のあるべき姿だと思います。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 従業員の教育の必要性は、前日の7/10の#146で、その手法として思い切って任せてしまうことについては、2日前の7/9の#145で、それぞれ検討したところです。
 特に、任せ方として松下幸之助氏が「任せて任さず」と説いていますが、これは、#145で検討した「背中を見る」という言葉とほぼ同じ意味です。一々指示するのではなく、かといって放り出すのではないからです。
 そこで、#145とここでの内容の違いについて、詳しく見てみましょう。
 第1に、#145では任せる(干渉しない)面に重点が置かれていますが、ここでは、放り出さずに上手に面倒を見る面(適切な助言や指示)に重点が置かれています。もちろん、両者は矛盾するものではなく、バランスを取ってちょうどいい塩梅を探さなくてはいけません。しかも、それはここでも指摘されているとおり、従業員の個性の違いや任せる業務の違いに配慮しなければならないので、画一的な基準で機械的に判断するものではありません。
 第2に、ここでは任せる業務の選考基準が示されています。それは、「一番好きだからやってみたい」業務かどうか、という基準です。
 これは、「好きこそものの上手なれ」という言葉そのものですが、このような業務を与えることは、一方で従業員に後で文句や言い訳をさせない、という面があり、他方で従業員の意欲やモチベーション、ロイヤリティーを高め、自主性を高める効果の高いことが期待されます。
 すなわち、これは#146で検討したことですが、従業員の自主性を高めることは、単に会社を活気づけ、会社全体の能力を高めるだけでなく、多様性を確保し、サステナビリティ―を高めることに繋がるのです。
 第3に、ここでは、「任せて任せず」「背中を見る」ような関わり方や距離の取り方は、経営者であれば当然のことであり、経営者のあるべき姿である、と説いている点です。
 これは、自分が責任を負う事柄について他人に任せると、気になって仕方がないはずだから、という経営者としての責任から導き出しています。経営者が経営についての最終的な全責任を負うことは、経営者自身が株主から負託を受けた当事者であることから明らかです。
 むしろ、経営者の責任感が強ければ強いほど、経営者が過干渉になってしまうことが懸念されます。適切な関与を促すと同時に、ちゃんと「任せる」こと、すなわち具体的な指示や詳細な助言をしないことも、注意しなければなりません(むしろ、そちらの方が重要です)。
 このように、#145と合わせて検討すると、仕事を任せて従業員を育てることの意味が、より深く理解できます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、上記第3の点、すなわち経営者の責任の問題がポイントになります。
 すなわち、経営者は株主から経営者としての手腕を買われて、会社の資本やビジネスの機会を与えられています。個人としてではなく、会社の経営者として経営を託されていますので、従業員を雇うことも、その従業員に相応の業務を任せることも、当然了解済みですが、その前提は、そのことも含めた全責任を経営者が負う点です。
 他方、任せて育てる点は、ここまで明確な義務とは言えませんが、繰り返し検討しているとおり、会社の中長期的な経営の観点から見た場合、従業員を育てることは当然必要ですから、これも経営者がすべき業務となります。
 「任せて任せず」「背中を見る」という言葉を実践するということは、個別にバランスを取りながら判断することで、しかも、一貫したブレない判断でありながら、同時に柔軟な判断である必要があります。経営者は、この対立する2つの要請につき、このように上手に折り合いをつけていかなければなりません。
 つまり、株主から見た場合の経営者に求める素養には、このようなバランス感覚も含まれるのです。

3.おわりに
 育てようとしても、業務に合わなければ仕方がありません。7/5の#141で検討したとおり、業務に合わない場合の指導や、そこから外す必要性も、合わせて確認しておいてください。
 松下幸之助氏が、従業員の育成に関し、特にその自主性を高める必要性を繰り返し強調しているのは、それが会社経営にとって重要であるだけでなく、上記のようにバランス感覚の必要な、とても難しい問題だからでもあると思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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