悲劇のヒロイン〜おもちゃじゃない。人形じゃない。〜
社会人になるということはこれから大きな未来がある事だとその時は思っていた
母親に18の頃少し奮発して買って貰った内側のポケットが少し解れているスーツを身に纏い職場に毎日足を運んだ
「社会人になっても使えたらいいね」
そんな思いが詰まったスーツは新しい環境で過ごしていく私にとっては心強く、日が経つ度に少し大人びたスーツに着られていた私が気が付けば様になっていた
私にとって不安な日、挑戦をする日は必ずこのスーツを着ることがルーティンになっていて絶対好きになる事の無いと思っていた職場が時経つにつれ大好きになり、毎朝イヤフォンを付け、駅に向かい仕事に行く私が誇らしく一日の時間が経つのも早かった
何やかんや文句を言いながらも達成感や、やりがいは21の私には大きすぎるくらい素敵なものでこんな平凡だが輝かしい日々が続くと思った
少なからずそれ以外の事は考えていなかった
数日後「彼女になって欲しい」
この一言でこの人は私の会社の上司では無く、個人的な感情を私に抱く一人の男性なのだと脳内で人物展開をした
もちろん断ったが次の一言で未来が崩れる音がした
「お前の上司は俺だ。お前の仕事での評価、業務は俺が握っているから俺に従わないとどうなるか分かっとけよ」
頭が真っ白になった
この人とお付き合いしたらいいのか
このまま断り続けて仕事で辛い思いをしていくべきなのか
これから起こる恐ろしい出来事に気付かない私は
一時期の感情だろう
そう思い今まで通り何事も無いかのように過ごす事にした
休日も関係無く毎日のように鳴り止まないLINE
分単位で積み重なっていくメッセージ
それは告白を了承して欲しい事を示す画面いっぱいに綴られた文字だった
我慢するしか無かった
大好きな職場に行けなくなるそれ以上に辛い事は無いと思っていたから
こんな日が数ヶ月と続いたある日私はとうとう我慢の糸が緩んだ
上司が男性に変わったあの日から、思い通りにいかない現実に怒りが募っていたからかパワハラを受けていた
時には腕を掴まれバックヤードに連れ込まれ涙が出るまで罵倒され、一生懸命やっている仕事に対しての情熱を否定する心無い言葉をぶつけられた
その日も同じだった
「明日から仕事に来るなお前は邪魔です」
毎日我慢していた私にとっては心が引き裂かれる言葉だった
貴方の思い通りさせて頂きます
逃げた。涙が止まらなかった。いつもは笑い合って誰かと帰る電車も一人でイヤフォンを付けてあまり聞かないMr.Childrenの歌を聞いたりした
閉じていた携帯を開くと新着メッセージ50件
不在着信50件 80件 100件増えていく通知
初めて恐怖で手が震え
一人暮らしをしていた私にとっては
「貴方の実家に行きます」
このメッセージが一番恐ろしかった
実家へ行く道のりの実況報告のメッセージがメリーさんのように数分おきに届き私はどうする事も出来なかった
携帯の電源を切り、また現実から目を背けて逃げ次の日仕事を休んだ
会社から謝罪の連絡があったのでその日からは誰にも気付かれないよう恐怖で震えそうな手を抑えながら職場へ足を運んだ
先の見えない絶望感
周りは気付いていない上司の素性
奴が笑いながら誰かと話してる姿がやけに私にとっては気に障った
実はその当時気になっている男の子が私には居て
休日は一緒に過ごし楽しく過ごせる時間が唯一生活の楽しみだった
そんな日も奴は壊しに来た
休日だったのでデートへ行っていた私達に衝撃の光景が目に入った
社用である灰色のハイエースで私の最寄駅周りを5周、いや10周と徘徊している姿
運転席には物凄い形相でタバコを吸いながらまわりを見渡す奴が居た
ふとした時に奴と目が合った
鼓動が高鳴った。逃げた。隠れた。
路地に走った。
数分後どこかに車を停めたのか早歩きでこっちへ向かって来る奴が見えた。
右手には何本目か分からないタバコ
それから1時間ほど小さい街を彼と手を繋ぎ
逃げ続けた
鳴り止まない携帯の通知は無視して
もう大丈夫だろうと2人で家へ向かい
もしもの時を考え電気を真っ暗にして布団にくるまった
廊下の横にある小さな小窓からは度々黒いシルエットが左右に揺れていた
気が付けば緑が綺麗だった大きな木は衣替えをし、赤い姿に着飾り美しかった
私の姿は知らぬ間に痩せ細り枯れた小枝のようになっていた
職場へ行き、奴の姿を見ると吐き気がし、頭の中に今までの光景がフラッシュバックする
時には絶えきれなくなって誰も居ないトイレで泣きながら嘔吐した
それでも誰にもバレないように笑顔で現場へ戻り奴の隣で働き続けた
誰も知らない
この素敵な職場の人間関係が私のせいで崩れると思ったら、誰も巻き込む事ができず、周りの人に相談する事が出来なかった
辛かった。
LINEを削除すると職場のバックヤードに連れて行かれ、詰められ殺されるとさえ何度も感じた
季節が変わっても好意(行為)は増すばかりでこの頃には夜インターホンに写るスーツ姿が毎日の日課になっていた
24時間ずっと監視されている
道路に走る灰色のハイエースを見る度に恐怖で吐き気を催した
奴の存在が近ければ近いほど自分が壊れていくのが分かり、赤い葉が落ちる頃には裸の木と同じ様に私も空っぽだった
朝から行っていた仕事は体調不良で行けなくなり
昼出勤に変わった
対面する時間が少なくなっても、姿を見ると一日に何度も頭痛や手の震え吐き気に襲われた
とうとう夕方にしか行けなくなった
夜には大好きな歳の近いアルバイト達が居て
他愛ない話をして笑い合えることが
この時間だけは本当に空っぽな私にとって職場へ足を運ぶ理由になっていた
「今日から二度とアルバイトと関わるな」
いつだろう、私が笑顔で会話していた時に奴は睨み付けながらそう言葉を放った
車でしか帰れない場所にあった職場はその日、
偶然が重なり奴と2人であのハイエースに乗り
帰らざるをえない状況になった
何も知らない他の社員は手を振って私達を見送る
「気をつけて上司に送ってもらうんだよ」
何も喋らず車内に乗った
無言の車内にはただならぬ空気が流れていた
感じたことのない圧迫感、
最寄りの駅では無く辿り着いたのは慣れた手付きで入って行く自宅に隣接している駐車場だった
降りようとしたら鍵を閉められ
携帯を触り助けを求めようとしたが没収された
無理矢理出ようとした時に腕を掴まれ
"ビリッ"
嫌な音がした
1時間何故避けるのか、お付き合いできないのか様々なことを詰められやっとの思いで外の空気を吸うことが出来た
いつもより重く感じた玄関の扉を開けスーツのジャケットをハンガーにかけると内側の解れていたポケットが破れていた
今まで我慢していた糸が切れた瞬間だった
母親の顔が浮かんだ 父親の顔が浮かんだ
走馬灯のように全ての出来事がフラッシュバックし、21年間の中で初めて"死にたい"強く思った
世界が、自分までも完全に色を無くした
モノクロでは無く透明に
視界が真っ暗になり気付けば空っぽの部屋に倒れていた
感情を無くした、涙も出なくなった
いつも通り空が暗くなった頃に職場へ向かう
大好きだったあの子達と話す事でさえしんどかった
飛び交うインカムでの社内連絡
頭が真っ暗になる、呼吸が出来なくなる
限界だと気付いたが逃げ続けた自分が醜くく仕事に戻ろうと足を踏み出した
足が動かなかった
ここまでが長くなったが鬱病になった私が大好きな職場へ行けなくなった悲劇のヒロインの話
いや違う、偽善者ぶった弱い女性の話
人がそれぞれこの問題に対してどう捉えるかは分からないがきっと私が主人公では無かったら、結末は変わっていたかも知れない
パワハラ、ストーカー、セクハラは加害者、被害者の運命を変えてしまう
誰一人明日が分かる人なんて居ない
自分が感情のある生きものと同様に相手も同じ生きものであることを忘れないで欲しい
物のように私達人間は壊れたら一針で直せるものじゃない
何年何十年かけても完全に縫い目が繋がらない
おもちゃじゃない。人形じゃない。
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