沖縄県が豚肉文化になった理由とは!?
はいたーい!
沖縄料理研究家 宮澤かおる です♪
全国的に
朝晩は涼しくなり、少しずつ秋を感じますね。
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さて、今回は久しぶりの更新ですが
沖縄の豚肉文化をご紹介します。
何故、沖縄だけが豚肉料理が豊富なのか?
沖縄が豚肉文化になった3つの理由を解説します。
■沖縄の豚肉料理は種類が豊富!?
沖縄では「豚は、鳴き声以外は食べる」と言われているほど、すべての部位を食べる習慣があるのはご存知ですか。
●テビチー(足)
●チーイリチー(血で炒る料理)
●ミミガ—(耳)
●沖縄そば(豚出汁を使用し、豚肉トッピング)
●中身汁(豚モツを使用した澄まし汁)
●チムシンジ(豚の肝臓の煎じ汁)
●ミヌダル(黒胡麻ダレの豚蒸し料理)
●ラフテー(泡盛を使用した沖縄版の角煮)
上記のように、他県にはない料理や、食べ方がたくさんあるのです。
なぜ、、、、
沖縄だけが【豚文化】になったのでしょうか。
その理由は、
琉球王国時代にありました。
■豚肉文化なった3つの理由とは!?
★理由①
沖縄県が琉球王国だったころ・・・
琉球王から下記のように、
牛と馬の殺処処分禁止令が出たのです。
「牛は耕作の助けになり、馬は武士の乗り物や
運搬に使用するため殺処分を禁止」
この琉球王国時代は、中国と冊封関係にあり、琉球王が交代するたび、即位を認める儀式をするため、中国から来る冊封使(450~500人)が滞在。
この冊封使をもてなすには、とてもたくさんの食料が必要でした。
食料調達のため、養豚を推奨し、豚肉の家畜が盛んになったのです。
★理由②
当時、飢餓を救った甘藷(現代のサツマイモ)の栽培が普及。この芋類は、豚の餌にも使われ、家畜する環境が最適でした。
台風や自然災害が多かった沖縄では、農作物の栽培がとても大変で飢餓状態になることも。甘藷(サツマイモ)は「どんな土地でも育つ」と当時、中国から甘藷(サツマイモ)苗を持ち帰り、栽培と普及に努めたと文献が残っています。
豚のエサとなる甘藷(サツマイモ)の栽培が普及し、豚を育てるのによい環境だったのが二つ目の理由です。
★理由③
その後、どの家庭でも豚を飼っていましたが、当時は庶民にとって豚肉はごちそうでした。お正月などハレの日だけ、豚をツブし、近所の方にも分け合う。命をいただくように、感謝しながら食べた貴重な食材。
関東などでは、味噌で煮込む豚モツですが。沖縄では豚モツを使用した中身汁があります。
昔は結婚式などハレの日に作られる料理でしたが、現在はお正月の定番です。時代は違うけど、お祝い事で食べるなど、先代から伝わる料理の1つです。
このように、豚肉はとても貴重な食材だったことがわかりますね。歴史や先人の知恵で、「余すことなく食べる」そんな工夫され、現代にも伝わったてきたのです。
沖縄や沖縄料理屋さんに訪れた際は、
ぜひ、伝統ある豚肉料理を
味わってみてくださいね♪
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