「キャラAが、妻と電話でラブラブトーク→しかしやがて電話がつながらなかったり、声が聞こえなかったりするようになる」という変化によって、Aの心が壊れてしまい、妻に象徴される平穏な世界から離れてしまったと暗示する ~映画「アメリカン・スナイパー」の場合
◆概要
【「キャラAが、妻と電話でラブラブトーク→しかしやがて電話がつながらなかったり、声が聞こえなかったりするようになる」という変化によって、Aの心が壊れてしまい、妻に象徴される平穏な世界から離れてしまったと暗示する】は「キャラの感情などを暗示する」ためのアイデア。
◆事例研究
◇事例:映画「アメリカン・スナイパー」
▶1
本作の主人公は、カイル(30代の男性)。
彼は、アメリカ海軍特殊部隊「Navy SEALs」の狙撃手である。イラク戦争で目覚ましい活躍を見せ、味方からは「レジェンド」、敵からは「悪魔」と呼ばれた。
ここでは、カイルと妻タヤが電話をするシーンに注目したい。
まずは、カイルがSEALsの正式な隊員になる前のこと。
・Step1:カイルはひょんなことからタヤと出会い、恋に落ちた。彼は繰り返し電話をかけ、アプローチする。しかしタヤはなかなか受話器を取ってくれない。いつも留守番電話につながってしまう。だがやがて――粘り勝ち。ついにタヤが受話器を取った。かくして2人はデートへ。
その後、2人は結婚。
そして間もなく、SEALsの一員としてカイルがイラクに派遣されることになった。
・Step2:建物の屋上などに陣取ってスナイパーライフルを構え、辺りを警戒する。不審人物が現れたらその動向を観察し、敵とわかったら速やかに狙撃する。これがカイルの仕事だ。
・Step3:物語前半、カイルがスナイパーライフルのスコープを覗きつつタヤに電話をかけるシーンがある。2人は談笑する。新婚夫婦らしくちょっとエッチな会話もする。「会いたいよ、すごく」「私も!……ねぇ、エッチな話してほしい?」「ああ……でもどうするかな。片手に電話、片手に銃で手がふさがっている」「じゃあ、どっちが大事か決断しなくちゃね」「アハハッ!スケベな妊婦め!」なんて具合である。極度の緊張を強いられ、時には女性や子供すらも殺さねばならぬという地獄にいるカイル。一方、新婚早々に夫を亡くすかもしれないと恐怖するタヤ。そんな2人だが、心はつながっているわけだ。
ところがそれからしばらくして、
・Step4:2人がまたもや電話をしていると――敵が攻撃を仕掛けてきた。カイルは慌てて身を隠す。電話どころではない。電話機を落としてしまう。そして反撃に出る。一方、タヤは電話口から聞こえてきた銃声などにショックを受ける。慌ててカイルの名を呼ぶ。しかし返事はない。彼女は取り乱す。
そして物語後半、
・Step5:カイルが電話をかける。しかし留守番電話につながってしまう。カイルはメッセージを吹き込んだ「俺だ……声を聴きたくて……。皆に会いたいよ」。
さらに物語終盤、
・Step6:敵の激しい攻撃にさらされ、最早これまでかもしれぬというシーン。カイルは再び電話をかけた。今度はタヤが出る。カイルは「これを最後に除隊し、きみたち家族とすごす」と決意を語った。しかし――銃声などの騒音のせいだろうか、もしくは砂嵐がすぐ傍まで迫っているせいで電波状況が悪いのだろうか、いずれにせよカイルの声はタヤに届かない。タヤは混乱する「ねぇ、あなた、聞こえない!もしもし!」。
▶2
本作は、「戦争によって人間(の心)が壊れていく様」を描いている。
カイルは心身ともに頑強な男だった。だが、イラク戦争を通じて心が壊れていく(作中では明言されないが、彼はPTSDに苦しんでいるようだ)。
それを暗示するのが電話シーンである。
・【1】Step1:カイルがタヤに電話をかける。最初は無視していたタヤだが、やがて受話器を取る。これをきっかけに2人はデート、そして結婚へ。 →「タヤがカイルの気持ちを受け入れた」ことを暗示
・【2】Step3:カイルがイラクへ派遣される。そして戦場でラブラブトーク。 →「2人は離れ離れになったが、心はつながっている」ことを暗示
・【3】Step4:電話中に敵の攻撃を受け、カイルの声が途絶える。 →「カイルの心が壊れ始め、タヤ(や平穏な世界)から離れつつある」ことを暗示
・【4】Step5-6:留守番電話につながってしまったり、相手の声が聞こえなかったりする。 →「カイルの心が壊れ、タヤ(や平穏な世界)からすっかり離れてしまった」ことを暗示
つまり、【「キャラAが、妻と電話でラブラブトーク→しかしやがて電話がつながらなかったり、声が聞こえなかったりするようになる」という変化によって、Aの心が壊れてしまい、妻に象徴される平穏な世界から離れてしまったと暗示する】というテクニックである。