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書籍解説No.14「コンビニ人間」

こちらのnoteでは、毎週土曜日に「書籍解説」を更新しています。
※感想文ではありません。

本の要点だと思われる部分を軸に、私がこれまで読んだ文献や論文から得られた知識や、大学時代に専攻していた社会学、趣味でかじっている心理学の知識なども織り交ぜながら要約しています。
よりよいコンテンツになるよう試行錯誤している段階ですが、有益な情報源となるようまとめていきますので、ご覧いただければ幸いです。

それでは、前回の投稿はこちらからお願いします。

第14弾の今回は「コンビニ人間 (村田沙耶香)」です。

今回は、初めての小説解説です。
芥川賞受賞の話題作ということで、久しぶりに小説を手に取ってみました。160ページと手ごろな部分もさることながら、本作は社会学の要素に溢れていることから興味を抱き、取り上げるに至りました。

まずは、最近よく聞かれる「フランチャイズ」という経営の仕組みを解説し、それに伴って進行しつつある「社会のマクドナルド化」、そして「感情労働」の果ての「バーンアウト(燃え尽き症候群)」という、現代社会の一つの特徴を本文の内容も含めて綴っていきます。

【「チェーン店」「フランチャイズ」とは】

まず、私たちの日常にとってもはや欠かすことのできない「チェーン店」とは、何を意味しているのでしょうか。

チェーン店 ― 同一の経営体の主導で設置された複数店舗の集合体
(新版 社会学 長谷川 浜 藤村 松村)

マクドナルドやスターバックス、コンビニなどがイメージしやすい例だと思いますが、これらの店の運営はマニュアルによって細部まで管理されており、日本全国、世界中どこの国に行ってもほとんど同じような商品やサービスを標準的な価格で受けられます。
そこでは、ブランドや経営方針、サービスの内容、外観などの統一性が重視されます。

続いて、「フランチャイズ方式」は企業が設置する主流な運営方法の一つです。

上の図のように、フランチャイズに加盟する人・法人が、フランチャイズ本部から店の看板や確立されたサービス、商品を使う権利をもらい、その対価(ロイヤリティ)を本部に支払うという仕組みです。フランチャイズに加盟すると独立した経営者となるため、フランチャイズチェーン本部に雇用されているわけではありません。
有名なところでいえば、大手コンビニチェーン店などがこの方式を採用しています。

以下では、このフランチャイズ方式のメリット・デメリットを上げていきます。

【メリット】
・本部のブランド力を活用できる。
・CMやチラシといった広告によって継続的な集客支援が受けられる。
・未経験から参入でき、経営者となれる。
・本部が商品・サービス開発をするため、運営に専念できる。
【デメリット】
・ロイヤリティを本部に支払う。
・マニュアル通りの運営が求められ、独自性を持てない。
・近隣にライバル店が建つなど、外部環境の変化に弱い。
・契約終了後に新たに起業する場合、経営のノウハウを外部に漏らさないよう同業種での出店が禁止されることがある。

【「社会のマクドナルド化」とは】

社会学者のG.リッツァがこれを定義しました。

マクドナルドをはじめとしたファストフード店は、自動車や航空機などでの移動が全国化するに伴い、どこに行っても同じサービスを同じ価格帯で受けられるようになりました。多くの人々はこうした恩恵に預かり、有名チェーン店は時期を問わず人で溢れ返っています。
一方、労働の現場では、マニュアルに基づいた人工的な挨拶と作為的な表情で客の対応をし、理不尽なクレームの対応も文句ひとつ言わずにこなし、目の前の注文を裁いていきます。

こうした社会のマクドナルド化の本質として、以下の四つが挙げられます。

①効率性 ― 目標達成のための合理的手段
②計算可能性 ― 生産とサービスの数値化
③予測可能性 ― マニュアル化、同一のサービスの提供
④技術的制御可能性 ― 技術導入による脱人間化

すべての店舗はこれらを遵守することで、全国、世界中で標準的なサービスを提供することができているのです。
ただし、人間性の喪失や環境破壊といった負の側面も指摘されています。

そして、「コンビニ人間」では上述した「社会のマクドナルド化」を如実に表現しています。

【『店員』となることが求められる空間】

幼少期からいわゆる「変わった子ども」として周囲から見られていた古倉は、家庭から、学校から「普通の子ども」になることを求められ続けてきました。
そんな彼女が大学一年次、スマイルマート日色町駅前店のオープニングスタッフの募集に応募し、合格します。制服や完璧なマニュアルによって誰もが「店員」になることが求められる空間で業務を遂行するなか、彼女は初めて世界の正常な歯車として生きていることを感じることになります。
無論、これは店員として求められている役割を遂行しているに過ぎないのですが。

内容的にはかなり飛躍しますが、とある理由によって18年務めたコンビニを辞めざるを得なくなった古倉はそれ以降、自身の求められている役割を喪失し、バーンアウト(燃え尽き症候群)のような状態に陥ってしまいます。

以下の文章は、本文から抜粋したものです。

制服に袖を通し、服装チェックのポスターに従って身なりを整えた。髪が長い女性は縛り、時計やアクセサリーを外して列になると、さっきまでバラバラだった私たちが、急に「店員」らしくなった。
大学生、バンドをやっている男の子、フリーター、主婦、夜学の高校生、いろいろな人が、同じ制服を着て、均一な「店員」という生き物に作り直されていくのが面白かった。
朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが、私を正常な人間にしているのだった。
「コンビニに居続けるには『店員』になるしかないですよね。それは簡単なことです。制服を着てマニュアル通りに振る舞うこと。世界が縄文だというなら、縄文の中でもそうです。普通の人間という皮をかぶって、そのマニュアル通りに振る舞えばムラを追い出されることも、邪魔者扱いされることもない」

コンビニという空間では、誰しも「店員」となることが求められます。同一の制服を身に付け、状況に応じた角度でお辞儀をし、決められた言葉を繰り返す。
もしも歯車の一つが錆びていたり、他の歯車と噛み合わないいびつな形をしたものであったりすれば、即座に矯正されるか他のものと交換させられてしまいます。つまり、空間内の秩序を乱す要素は即座に注意を受けるか、あるいは解雇されてしまうのです。コンビニという空間において、個性や独自性などは求められておらず、むしろ排除すべき要素なのです。

しかしあるとき、主人公の古倉は気付きました。

「普通」に生きることを要求されるのは、何もコンビニに限ったことではなく、社会全体も同じである。

もし学校で、家庭で、企業で、周囲と噛み合わない言動をすれば、それは秩序に反するものとして扱われ、捨てられることまではなくとも、周囲と同調するよう圧力をかけられるでしょう。
こうして、従順な歯車が各所で量産される仕組みができあがっていくのです。

【まとめ】

接客、医療・福祉、教育といった対人サービス労働に従事する人は「心」を酷使し、客に「心」を売らなければなりません。
職務内容を遂行するためには適切な感情状態や感情表現を作り出す必要があり、自らに感情管理を施さなければなりません。ゆえに、こうした労働は「感情労働」と位置付けられています。

これらの職務を遂行することは仕事の達成感の源泉になりうると同時に、軋轢や挫折の源泉にもなりうるのです。過度に心をすり減らすがゆえに、そのストレスを抱え込んでしまいバーンアウト(燃え尽き症候群)してしまうケースも多発しています。

「画一化」「マニュアル化」といった志向は、社会のあらゆる場面で散見されており、それはときに意図的に仕組まれているように思えます。
家庭では「いい子」に育つようにしつけられ、教育現場では「規則や教師に従順な生徒」であるように教えられ、そして社会人になれば組織にとって「秩序を乱さず優秀な人材」として教育されるでしょう。
もし、そうした空間のなかで秩序を乱すような要素があれば異物として扱われ、矯正あるいは排除されてしまうのです。

世に言う「マニュアル人間」が生み出されたのは、人間性や独自性を棄て、組織やルールに従順な人間に仕立て上げられたがゆえの帰結といえるのではないでしょうか。

本作は、日本人の日常に欠かせないコンビニを舞台に「画一化」や「マニュアル化」の著しい現代社会を鮮明に映し出しています。

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