京都鉄道博物館 「オイラン車」オヤ31 特別展示を見てきました
去る7月26日(火)から8月14日(日)まで京都鉄道博物館にて実施されていた、建築限界測定車 オヤ31形31号車の特別展示を見に行ってきました。
そもそも建築限界測定車とは何かというと、新しい路線を敷設した時や、非電化だった路線を電化した時などに線路周辺に新たに設置した電柱や標識、ホームや駅舎、トンネルなどの建築物が車両に接触しないかをチェックするための車両のことです。
オヤ31形は、現在のJR各社の前身である国鉄が1949年から'61年にかけ、合計7両を製作しました。いわゆる旧客(旧型客車)とカテゴライズされる客車を改造した車両であり、建築限界測定車として改造されたのも古い年代であることから、測定方法も非常にアナログです。
その方法とは、車両の中央部および片側の妻面付近の側面から矢羽根を広げ、万が一、車両の建築限界内に物体があり、その物体に矢羽根が接触した場合は車内に設置されているランプが点灯し、警告を発するというものです。
測定用の矢羽根を広げた姿が、花魁が髪にたくさんのかんざしを挿しているように見えるということで「おいらん」または「おいらん車」という愛称がついています。
今回、京都鉄道博物館で展示されたオヤ31-31のルーツは、1937年にスハフ34525として製造された客車が大元です。この車両は1941年に実施された称号規程改定によってスハフ32形 スハフ32224に改称。第二次世界大戦終了後は進駐軍に接収されました。当時、日本国内に駐留するアメリカ軍人に向けた個人嗜好品の提供を目的として、酒類の保管および販売を目的とした酒保車(販売車)というカテゴリの客車があり、1948年、スハフ32224はこれに改造されオミ35-11へと改称。1952年には部隊料理車(簡易調理車) オシ33-104へと再改造されています。
その後、接収解除翌年の1957年に建築限界測定車 オヤ31-31へと改造。当初より西日本エリアを管轄する大ミハ(現:宮原総合運転所)に配置されました。1987年の国鉄分割民営化の際にそのままJR西日本へと引き継がれ、現在に至ります。
先述の通り合計で7両が製造され、かつては全国各地に配置されていましたが、もともと種車とした車両が古いものであり、老朽化が進行していたことから国鉄分割民営化の折にJRへ引き継がれなかった車両が2両ありました。残りの車両も順次廃車され、2022年現在、車籍を有するのは今回展示されたオヤ31-31のみです。
今回特に貴重だったのが、矢羽根を装備する側とは逆の後位側をじっくり眺められたことや、高所から屋根周りを見ることができたことです。オヤ31形は名古屋の
リニア・鉄道館にも保存されていますが、こちらは通常見られるのは矢羽根が設置されている面のみですので、京都鉄道博物館における特別展示ならではの視点として楽しんでいただければと思います。
撮影日
2022年7月28日
使用機材
FUJIFILM X-T3
+ XF16-80mmF4 R OIS WR
参考
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