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日本で一番気まずい奴ら

 2016年公開の映画「日本で一番悪い奴ら」。主演を綾野剛が務めた、いわゆる警察の汚職、不祥事などをテーマとした映画だ。内容も北海道で実際に起きた「稲葉事件」を基に描かれており、この映画のタイトルも同事件を取り扱った書籍から取られている。

 ※以下、ネタバレ内容含みます。

 当時大学生だった私は家にいた。ある日、ふと父親が「映画見に行こ」と言い、私と弟2人を連れ立った。向かったのは隣の市にある映画館併設のショッピングモール。
 特に何を見に行くか聞かされていなかったというか、普通におでかけのノリで出てきたら映画に行くことになっていた。映画館に着いてから「何見るん?」と父親に聞くと、「これ見たいんや」と言われたのが、日本で一番悪い奴らだった。
 父はピエール瀧とヤクザ映画が好きだった。といっても父は映画や音楽に対して特に造詣が深いわけでもなく、昔ちょっとだけ音楽をしていた頃の音楽を未だに聴いてるような人間だった。というか多分これら以外聴けない類の人間だ。
 何故ピエール瀧が好きなのかは分からない。電気グルーヴを聴くようなテクノ人間でもないし。ただ、瀧が逮捕されたときはすごい落ち込んでいたのを覚えている。あまり感情の起伏がない人間なので、このときのことはとても印象深い。ともかく、サブカルチックではない父の数少ないそれらしい側面が、ピエール瀧、ヤクザ映画くらいだった。あとはBOØWYとかそれくらい。
 
 それにつけても、こうやって家族で映画を見に行くなんてかなり久しぶりだった(父と行ったのは後にも先にもこの1回だけかもしれない)ので、私も弟も別にそのリクエストにはNOとは言わず、4人仲良く映画館で横並びになった。

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 映画は順調に進み、私も食い入るように見ていた。史実を元にしたフィクション映画ではあるが、ストーリーもわかりやすいし、大げさに脚色されているであろう演出もあり普通に楽しんでいた。
 さて、いよいよ物語も中盤かというところで、私は突如として度肝を抜かれた。なんとガッツリ「濡れ場」が出てきたのだ。しかもお〇ぱいもくっきり映って、アエギ声もしっかり聞こえるほどの結構濃いやつ。確か主人公が愛人か何かの風俗嬢と絡むシーンだったように覚えている。

「親とAV見ていたらエロシーンあって気まずくなった」というスレタイは、インターネットを少しやっている人なら誰しもが見たことがあるだろう。この状況がまさにそうだったと思う。よく考えてみれば、ヤクザ映画を見に行っておいてエロシーンやグロシーンがないわけがない、飛んで火に入る夏の虫とはまさに私たち家族のことだったのかもしれない。

 その濡れ場シーンが何秒くらいあったか、正確には覚えていないが、私にはそれが永遠のように感じられた。両脇を家族に挟まれた中で、女性の裸を映画館のドセンから見ることなど、後にも先にもない。この状況で下手に動揺したりしてしまうと逆の意味で家族に怪しまれる。どうしようもないまま目の前で揺れる巨大な乳房に釘付けになりながら、私はもう前しか見ることのできない肉食動物になってしまっていた。

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 そして映画の終盤、私が今でもトラウマになっているシーンがある。

 主人公の綾野剛がシャブを打つシーンがある。今まで警察官ながらも散々傍若無人な振る舞いをしてきた主人公が、これだけは絶対に、と避けていたクスリという存在。そのクスリを初めて味わい、背徳と恍惚に抱かれてドロドロに溶けてゆく様を、思わず目を背けたくなるような魅力的な怪演で綾野剛は表現していた。
 私は二度とあの演技を見たいとは思わないが、厄介なことに今でも脳裏に鮮明にこびりついてしまっている。注射器の細い針が皮膚をゆっくり貫く瞬間、針先から体中に駆け巡る快楽物質、クスリというものを実際に体験したことのない私たちにクスリというものの魅力と恐ろしさを伝えるには、あれで十分すぎるほどだったと思う。

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 露骨な性的コンテンツやグロテスク表現というのは、親の前ではある意味タブー的な要素であって、好き好んでそれらの話題を家族の前に引き出すことはない。親と一緒にテレビを見ているときにそれらが映りそうになると、敢えてテレビに目をやらずにやり過ごす、あるいは事前に察知しておきチャンネルの主導権を握るなど、間接的な対策を講じて凌いできた。
 そうやってなんとか避けてきた要素ではあったが、こうも直接的に不可抗力的に落とし込まれると、もはやどんな顔をしていいかわからなかった。隣で家族がどんな顔をしているのか、何を考えているかも想像したくなかった。

 あの日あの時、あの映画館で、いや日本で一番気まずかったのは、私たちだったと思う。

 

#映画にまつわる思い出

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