産地直送タッセル万年筆
タッセル万年筆の2人が書いたショートショート。
田中エイドリアンが最近読んだ本や気に入っている本。
茨城タワラの読書ログ
博士は長年の研究の末、犬のDNAをスーツケースに移植し、生きたスーツケースを完成させた。見た目はごく普通のスーツケースだが、タイヤのような足は本人の意思で動くため、持ち主が引いたり持ち上げたりする必要は無い。そして、犬らしい忠誠心があり持ち主に懐くものの、スーツケースなので吠えることも無い。そして、もちろん中に荷物を詰めることが可能だ。 スーツケースと犬の良いとこ取り。そんなこの世に一匹しかいないスーツケースに、博士はフラン犬スーツケースと名付けた。 「スーツケースと
ついにここまで来た。 厳選を重ね、一言一句暗証できるまで読み込んだ新聞を握り締め、赤コーナーに立つ。 「決勝戦。題、『うみうし』。Ready、GO」 この新聞に『うみうし』の記事は無い。最速で『資源・環境』の頁を開き、最短で隣接する『海・う・し』の文字をマークし、タイマーを止める。 「技有り、青。写真加点」 向こうにはうみうしの記事があったらしい。 「題、『みかん』」 『地域』の頁を開く。笑顔でみかんを持つ農家さんの特集記事。 「技有り、赤。特集加点」 勝負は接戦だった。 次
「ホワイトデーは倍返しだよ。意味、分かってるよね?」 バレンタインデーの夜、彼女が言った一言が俺を突き動かした。たった一ヶ月で準備できるのか。できるかできないかじゃない。やるんだ。 あの時、俺は文字通りボロボロだった。肉体的にも、精神的にも。 不甲斐なさからか、それとも緊張の糸が切れて体の痛みを感じたからか、家に帰ってソファに座るなり、涙がこぼれた。 「イカついコワモテの男が、なにめそめそしてんのよ」 そう言いながら、彼女がリビングに入って来た。 「泣いてねえ
歴史学者である私が、先日発見された平安時代の文書に食いつかないわけが無かった。 私は歴史学者として本を出版したりテレビに出たりしたことが無く、周りからは「大学の歴史の先生」としか思われていないだろう。私は歴史学者として有名になりたかった。そして、新たに発見された文書が私にチャンスを与えてくれた。 それは、当時の「美人になれる薬」のレシピだった。材料は自然に生えているものばかり。現在は食用となっていないものもあるが、調べてみたところ、どれも毒は無さそうだ。この薬を作って飲
『不思議の国のアリス』の訳書はたくさん存在するが、ピンポイントでこれを推したい。 日本語話者の読者が英語話者の読者と同じタイミングで同じリアクションができる翻訳がコンセプトとなっているため、今まで読んだもののなかで、ずば抜けて読みやすい。ストーリーそのものは当然不条理ではあるが、英語で韻を踏んである部分は日本語で韻を踏み、日本語として成立するダジャレになっているため、「何が言いたいのか分からない」という部分が無い。言葉だけでなく、ルイス・キャロルの意図も訳に落とし込まれており
この世に生まれて三十年以上、俺はずっと旅を続けている。行き先は常に相棒任せだ。近場を行ったり来たりする日々を過ごすこともあれば、遠くまで行くこともある。俺の相棒はコロコロ変わり、一人の相棒と長期間一緒にいることもあれば、出会ってすぐに別れることもある。一日の間に何度も相棒が変わるのも珍しくない。 相棒が変わるのには、いくつかのパターンがある。一番好きなのは、相棒が直接次の人に俺を引き渡すパターンだ。これだと、すぐに旅が続けられる。だが、たいていの場合は、いったん相棒待機所
ずっと遠くから見つめるだけだったあなたと休憩室で偶然二人きりになり、あなたから話しかけてくれた。実はずっと気になってたんだと言われて、一瞬、運命なんてものを信じてしまった。 翌日も休憩室でお喋りして、その日あなたは夕飯に誘ってくれた。憧れだったあなたとの食事の時間は夢心地のまま過ぎていった。別れ際に「今度の日曜日、遊園地にでも行かない?」と言われた時には、あまりの急展開に戸惑ったけど、私に断る理由は無かった。 日曜日。 長い間、ただ一方的に好きだった人と一緒に遊
「あ。俺、転勤だ」 お知らせを見ていた相棒が言った。 「どこに」 「福岡。あそこ快適でいいんだよね。ここより静かだし」 「そっか。お前が居なくなるのは残念だけど、良かったじゃん」 「できれば松山とかが良かったな。温泉あるし」 「積極的だね。僕は東京のままがいいや。このハイセンスな環境に慣れちゃうと、他の場所なんて考えられないね」 ここに居ると、近くの建物も、行き交う人々も、みんな洗練されていて、自分まで上等になった気がしてくる。嫌いじゃない感覚だ。 「でも、君も転勤みたいだよ
既存の商品との差別化を図り開発に取り組んできた新作そうめんが、試行錯誤の末、ついに完成した。まずは試食用サンプルを手作りの包装紙に包み、全国の小売店へ売り込みに行く。 どこの地方のどんな店に行っても、包装紙を見た人たちからは必ずと言って良いほど、「漢字を間違えたパッケージの商品を持ってくるなんて」「これじゃ『そうめん』じゃなくて『しらふ』じゃないか」などと嘲笑された。手作り包装紙には「素麺」ではなく「素面」と書かれていたからだ。 しかし、試食を終えるとその態度は一変し
1980年代の台北。3人の少年たち。胸が苦しくなると同時に心温まる、不思議な人間関係。2000年代初頭にはまだ見られていた懐かしい台北の風景や、心をヒリヒリさせつつも時にホッとさせてくれる少年たちの日々に浸っているうち、これがミステリーだという事を忘れてしまったがゆえか、後半でなかなかの衝撃を与えられた。
「ねえ、アレット、聞いた? 王子様がガラスの靴の試着会をやってて、足のサイズがピッタリの女性が現れたら、王子様はその人と結婚するんですって。庶民の私たちにとって、王子様と結婚できるチャンスなんてそうそう無いわ。ダメ元で行ってみない?」 ジゼルは幼馴染のアレットに言った。それを聞いたアレットは、怪訝な顔をした。 「王子様はどうしてそんな妙な企画をやってるの? 結婚相手をそんないい加減な方法で決めて良いわけ?」 「私が聞いた話によるとね、そのガラスの靴は、昨夜の舞踏会で誰かが
どうも、足袋です。 変な形って思いました? いやいや、慣れてるのでお気になさらず。 ご主人と一緒に世界各地を旅してるもので、現地調達した靴下に「なんてクレイジーなソックスだ」ってよく言われます。まぁ答えはいつも「アイアムジャパニーズトラディショナルソックス」ですよ。大抵これで仲良くなれます。 ええ、昨日洗濯していただいたので今日は留守番です。ここはバスルームに窓がありますから、退屈しないですよ。鳥も植物も国によって全然違いますし、交通事情だって様々で、右側通行左
「指切りげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん飲ーます! 指切った!」 ある約束をした日、俺たちはまるで童心に戻ったかのように元気よく歌いながら指切りをした。すると、あいつはニヤニヤしながら、俺に子供のような質問をしてきた。 「『はりせんぼん』って、針を千本? それとも、魚のハリセンボン?」 「それ、使い古されたネタだから」 そう言っても、どっちなのかとしつこく聞いてくるので、面倒くさくなった俺は 「じゃあ、魚の方。もしお前が約束破ったら、魚の方のハリセンボン飲ま
『桜前線と一緒に出発することになりました。君の近くにも立ち寄るので、挨拶はその時に。』 旅好きな友人からメールが来た。 この辺りは桜の開花が遅い。木々はまだ冷たく硬く、鈍い色の枝を伸ばしている。 それから毎日、開花情報を確認するようになった。 桜前線は順調に北上を続けている。お花見の様子を伝える映像は、どんどん場所を移していく。近くの桜も蕾を付け、少しずつ少しずつ、大切に花を育てている。 隣の地域で開花が宣言された。 住宅の庭で、公園で、学校で、道端で、ちらほらと
日常の中にほんの少しファンタジー要素が入っているのか、それともファンタジーの世界のごく普通の日常を描いているのか。 クセ強めの訳文も相まって、とても不思議な、全然不思議じゃないような、そんな感覚になる不思議な読書体験をさせられた。
ホラー系社会派ミステリーみたいに人の生きる価値を探る話。知っている人は大切だけれど知らない人は無価値なのが人間よね。