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『ガラスの靴試着会』

 「ねえ、アレット、聞いた? 王子様がガラスの靴の試着会をやってて、足のサイズがピッタリの女性が現れたら、王子様はその人と結婚するんですって。庶民の私たちにとって、王子様と結婚できるチャンスなんてそうそう無いわ。ダメ元で行ってみない?」
 ジゼルは幼馴染のアレットに言った。それを聞いたアレットは、怪訝な顔をした。
「王子様はどうしてそんな妙な企画をやってるの? 結婚相手をそんないい加減な方法で決めて良いわけ?」
「私が聞いた話によるとね、そのガラスの靴は、昨夜の舞踏会で誰かが落としていったものらしいの。その誰かっていうのが、昨日、王子様が初対面で惚れ込んだ女性だそうで、要はその人を探してるみたいよ」
 アレットは眉間にシワを寄せて言った。
「は? 王子様は惚れた女の顔も覚えてないの? それで、靴のサイズが合う人と結婚するって? アタシの理解の範疇を超えてるわ」
「確かにそうだけど……でも、こんな機会、二度と無いわよ。足のサイズさえ合えば、人生が変わるんだから。アレット、行ってみましょう!」
 しかし、アレットは依然として眉間にシワを寄せている。
「好きになった相手の顔もまともに覚えられず、足のサイズだけで結婚相手を決めようとする男と一緒になって、幸せになれると思う? そんな男、結婚してもアンタの顔をまともに覚えず、ちょっとアンタが外出して姿が見えないと思ったら、『姫を探してます、これを着てみてください』とかなんとか言って、アンタのドレスを他人に着せる。そしてアンタが城に帰る頃には、同じサイズの服を着た別の女を嫁だと信じて家に上げてるのよ。それでも良いの?」
「きっと昨日の舞踏会の会場が薄暗くって、顔がきちんと見えなかったのよ。顔が見えなくったって、人柄とかに惚れたのかもしれないし。とにかく、滅多に無いチャンスを見逃す手は無いわ。行きましょう」
 一緒に城へ行こうとアレットの腕を掴むジゼルの手を、呆れた顔でアレットが振りほどく。
「ジゼル、本気で言ってんの? 相手はバカで安直な王子よ。きっと金持ちの家に生まれて、何の苦労せずに生きてきたから、バカに育ってしまったのね。そんなバカと生活することになるなんて、よした方が良いわ」
 あまりに王子のことを貶すアレットに、ジゼルは腹が立ってきた。
「会ったこともない王子様のことを、そこまで悪く言わなくて良いじゃない! 舞踏会の話は嘘で、私たちのような庶民にチャンスを与えるための企画かもしれないわ。だとしたら、今までの王族にはいなかった、庶民に寄り添ってくれる王子様よ」
「それならそうと言えば良い。わざわざ舞踏会の作り話なんかする必要は無いわ。もしアンタの説が正解だったとしても、そんな意味不明な嘘をつく男と一緒になりたい?」
 ジゼルは溜め息をついた。
「どうしてそんなことばかり言うの? 普通に生活してたら、お城の敷地に足を踏み入れることすら無いわ。だけど、もしガラスの靴のサイズが合えば、そんなお城に住めるのよ」
 そう言いながらアレットの顔を見たジゼルは、アレットの目に涙が溜まっていることに気が付いた。
「アレット……?」
 ジゼルが彼女の名前を呼ぶと、アレットは叫ぶように言った。
「もしアンタかアタシの足にガラスの靴が合えば、合った方は王子と結婚して城に住むことになる。王族になるのよ! だけど、残りの片方は庶民のまま。庶民と王族が簡単に会えると思う? 小さい頃から一緒だったアンタと会えなくなるなんてイヤ!」
「アレット……!」
 こうして、ジゼルは試着会に行くのをやめ、二人の友情は永遠に続いて行ったとさ。
 めでたし、めでたし。
 
 
作:田中エイドリアン

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