産地直送タッセル万年筆

覆面アマチュア執筆ユニット。 書いてる人:田中エイドリアン&茨城タワラ/2000字のホ…

産地直送タッセル万年筆

覆面アマチュア執筆ユニット。 書いてる人:田中エイドリアン&茨城タワラ/2000字のホラー:ピックアップ選出『空港』(田中エイドリアン)、愛媛新聞超ショートショートコンテスト:優秀賞『素麺屋台』茨城タワラ

マガジン

記事一覧

固定された記事

『ホタルの人』

『タレント・俳優・ミュージシャン 総合マネジメント 株式会社ホタルエージェンシー』  呼び止められて受け取った名刺にはそう書いてあった。 「聞いたことない会社ですね」…

『ループ』

 大切にしていたヒーローの人形が壊れ、小学生が、この世の終わりのように泣き叫ぶ。    しかし、一生懸命勉強した挙句に第一志望の高校に落ちた少年は、人形なんてまた…

『競技新聞』

※超ショートショートコンテスト テーマ「新聞紙」応募作品 ついにここまで来た。 厳選を重ね、一言一句暗証できるまで読み込んだ新聞を握り締め、赤コーナーに立つ。 「…

『フラン犬スーツケース』

 博士は長年の研究の末、犬のDNAをスーツケースに移植し、生きたスーツケースを完成させた。見た目はごく普通のスーツケースだが、タイヤのような足は本人の意思で動くた…

『ホワイトデーは倍返し』

 「ホワイトデーは倍返しだよ。意味、分かってるよね?」  バレンタインデーの夜、彼女が言った一言が俺を突き動かした。たった一ヶ月で準備できるのか。できるかできな…

『美人すぎる歴史学者』

 歴史学者である私が、先日発見された平安時代の文書に食いつかないわけが無かった。  私は歴史学者として本を出版したりテレビに出たりしたことが無く、周りからは「大…

読書メモ(5)

『不思議の国のアリス』の訳書はたくさん存在するが、ピンポイントでこれを推したい。 日本語話者の読者が英語話者の読者と同じタイミングで同じリアクションができる翻訳…

『相棒』

 この世に生まれて三十年以上、俺はずっと旅を続けている。行き先は常に相棒任せだ。近場を行ったり来たりする日々を過ごすこともあれば、遠くまで行くこともある。俺の相…

『サヨナラ観覧車』

 ずっと遠くから見つめるだけだったあなたと休憩室で偶然二人きりになり、あなたから話しかけてくれた。実はずっと気になってたんだと言われて、一瞬、運命なんてものを信…

『転勤族』

※超ショートショートコンテスト テーマ「ライオンの像」応募作品 「あ。俺、転勤だ」 お知らせを見ていた相棒が言った。 「どこに」 「福岡。あそこ快適でいいんだよね。…

『新作そうめん』

 既存の商品との差別化を図り開発に取り組んできた新作そうめんが、試行錯誤の末、ついに完成した。まずは試食用サンプルを手作りの包装紙に包み、全国の小売店へ売り込み…

読書メモ(4)

1980年代の台北。3人の少年たち。胸が苦しくなると同時に心温まる、不思議な人間関係。2000年代初頭にはまだ見られていた懐かしい台北の風景や、心をヒリヒリさせつつも時…

『ガラスの靴試着会』

 「ねえ、アレット、聞いた? 王子様がガラスの靴の試着会をやってて、足のサイズがピッタリの女性が現れたら、王子様はその人と結婚するんですって。庶民の私たちにとっ…

『タビソックス』

どうも、足袋です。  変な形って思いました?  いやいや、慣れてるのでお気になさらず。  ご主人と一緒に世界各地を旅してるもので、現地調達した靴下に「なんてクレ…

『ゆびきり』

 「指切りげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん飲ーます! 指切った!」  ある約束をした日、俺たちはまるで童心に戻ったかのように元気よく歌いながら指切りをした。す…

『桜ツアーズ』

『桜前線と一緒に出発することになりました。君の近くにも立ち寄るので、挨拶はその時に。』  旅好きな友人からメールが来た。  この辺りは桜の開花が遅い。木々はまだ冷…

『ホタルの人』

『ホタルの人』

『タレント・俳優・ミュージシャン 総合マネジメント 株式会社ホタルエージェンシー』
 呼び止められて受け取った名刺にはそう書いてあった。
「聞いたことない会社ですね」
「ええ、表には出ない名前ですから」
「ダミー会社ってやつですか?」
 我ながら胡乱な声で言うと、スーツの男は慌てて手を振った。
「いえいえ、違法なものではありません。我々は、一般に知られている大手芸能プロダクションから業務委託を受け

もっとみる
『ループ』

『ループ』

 大切にしていたヒーローの人形が壊れ、小学生が、この世の終わりのように泣き叫ぶ。
 
 しかし、一生懸命勉強した挙句に第一志望の高校に落ちた少年は、人形なんてまた新しいのを買ってもらえば良いし、どうせ数年後には好みが変わって別のおもちゃを欲しがるんだ、だけど第一志望校をもう一度受験することはできない、と嘆く。
 
 そんな少年を見て、初めての彼女にフラれた大学生の青年は、第二志望校に行ったって、ち

もっとみる
『競技新聞』

『競技新聞』

※超ショートショートコンテスト テーマ「新聞紙」応募作品

ついにここまで来た。
厳選を重ね、一言一句暗証できるまで読み込んだ新聞を握り締め、赤コーナーに立つ。
「決勝戦。題、『うみうし』。Ready、GO」
この新聞に『うみうし』の記事は無い。最速で『資源・環境』の頁を開き、最短で隣接する『海・う・し』の文字をマークし、タイマーを止める。
「技有り、青。写真加点」
向こうにはうみうしの記事があっ

もっとみる
『フラン犬スーツケース』

『フラン犬スーツケース』

 博士は長年の研究の末、犬のDNAをスーツケースに移植し、生きたスーツケースを完成させた。見た目はごく普通のスーツケースだが、タイヤのような足は本人の意思で動くため、持ち主が引いたり持ち上げたりする必要は無い。そして、犬らしい忠誠心があり持ち主に懐くものの、スーツケースなので吠えることも無い。そして、もちろん中に荷物を詰めることが可能だ。
 スーツケースと犬の良いとこ取り。そんなこの世に一匹しかい

もっとみる
『ホワイトデーは倍返し』

『ホワイトデーは倍返し』

 「ホワイトデーは倍返しだよ。意味、分かってるよね?」
 バレンタインデーの夜、彼女が言った一言が俺を突き動かした。たった一ヶ月で準備できるのか。できるかできないかじゃない。やるんだ。

 あの時、俺は文字通りボロボロだった。肉体的にも、精神的にも。
 不甲斐なさからか、それとも緊張の糸が切れて体の痛みを感じたからか、家に帰ってソファに座るなり、涙がこぼれた。
 「イカついコワモテの男が、なにめそ

もっとみる
『美人すぎる歴史学者』

『美人すぎる歴史学者』

 歴史学者である私が、先日発見された平安時代の文書に食いつかないわけが無かった。
 私は歴史学者として本を出版したりテレビに出たりしたことが無く、周りからは「大学の歴史の先生」としか思われていないだろう。私は歴史学者として有名になりたかった。そして、新たに発見された文書が私にチャンスを与えてくれた。
 それは、当時の「美人になれる薬」のレシピだった。材料は自然に生えているものばかり。現在は食用とな

もっとみる
読書メモ(5)

読書メモ(5)

『不思議の国のアリス』の訳書はたくさん存在するが、ピンポイントでこれを推したい。
日本語話者の読者が英語話者の読者と同じタイミングで同じリアクションができる翻訳がコンセプトとなっているため、今まで読んだもののなかで、ずば抜けて読みやすい。ストーリーそのものは当然不条理ではあるが、英語で韻を踏んである部分は日本語で韻を踏み、日本語として成立するダジャレになっているため、「何が言いたいのか分からない」

もっとみる
『相棒』

『相棒』

 この世に生まれて三十年以上、俺はずっと旅を続けている。行き先は常に相棒任せだ。近場を行ったり来たりする日々を過ごすこともあれば、遠くまで行くこともある。俺の相棒はコロコロ変わり、一人の相棒と長期間一緒にいることもあれば、出会ってすぐに別れることもある。一日の間に何度も相棒が変わるのも珍しくない。
 相棒が変わるのには、いくつかのパターンがある。一番好きなのは、相棒が直接次の人に俺を引き渡すパター

もっとみる
『サヨナラ観覧車』

『サヨナラ観覧車』

 ずっと遠くから見つめるだけだったあなたと休憩室で偶然二人きりになり、あなたから話しかけてくれた。実はずっと気になってたんだと言われて、一瞬、運命なんてものを信じてしまった。
 翌日も休憩室でお喋りして、その日あなたは夕飯に誘ってくれた。憧れだったあなたとの食事の時間は夢心地のまま過ぎていった。別れ際に「今度の日曜日、遊園地にでも行かない?」と言われた時には、あまりの急展開に戸惑ったけど、私に断る

もっとみる
『転勤族』

『転勤族』

※超ショートショートコンテスト テーマ「ライオンの像」応募作品

「あ。俺、転勤だ」
お知らせを見ていた相棒が言った。
「どこに」
「福岡。あそこ快適でいいんだよね。ここより静かだし」
「そっか。お前が居なくなるのは残念だけど、良かったじゃん」
「できれば松山とかが良かったな。温泉あるし」
「積極的だね。僕は東京のままがいいや。このハイセンスな環境に慣れちゃうと、他の場所なんて考えられないね」

もっとみる
『新作そうめん』

『新作そうめん』

 既存の商品との差別化を図り開発に取り組んできた新作そうめんが、試行錯誤の末、ついに完成した。まずは試食用サンプルを手作りの包装紙に包み、全国の小売店へ売り込みに行く。

 どこの地方のどんな店に行っても、包装紙を見た人たちからは必ずと言って良いほど、「漢字を間違えたパッケージの商品を持ってくるなんて」「これじゃ『そうめん』じゃなくて『しらふ』じゃないか」などと嘲笑された。手作り包装紙には「素麺」

もっとみる
読書メモ(4)

読書メモ(4)

1980年代の台北。3人の少年たち。胸が苦しくなると同時に心温まる、不思議な人間関係。2000年代初頭にはまだ見られていた懐かしい台北の風景や、心をヒリヒリさせつつも時にホッとさせてくれる少年たちの日々に浸っているうち、これがミステリーだという事を忘れてしまったがゆえか、後半でなかなかの衝撃を与えられた。

『ガラスの靴試着会』

『ガラスの靴試着会』

 「ねえ、アレット、聞いた? 王子様がガラスの靴の試着会をやってて、足のサイズがピッタリの女性が現れたら、王子様はその人と結婚するんですって。庶民の私たちにとって、王子様と結婚できるチャンスなんてそうそう無いわ。ダメ元で行ってみない?」
 ジゼルは幼馴染のアレットに言った。それを聞いたアレットは、怪訝な顔をした。
「王子様はどうしてそんな妙な企画をやってるの? 結婚相手をそんないい加減な方法で決め

もっとみる
『タビソックス』

『タビソックス』

どうも、足袋です。
 変な形って思いました?
 いやいや、慣れてるのでお気になさらず。
 ご主人と一緒に世界各地を旅してるもので、現地調達した靴下に「なんてクレイジーなソックスだ」ってよく言われます。まぁ答えはいつも「アイアムジャパニーズトラディショナルソックス」ですよ。大抵これで仲良くなれます。
 ええ、昨日洗濯していただいたので今日は留守番です。ここはバスルームに窓がありますから、退屈し

もっとみる
『ゆびきり』

『ゆびきり』

 「指切りげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん飲ーます! 指切った!」

 ある約束をした日、俺たちはまるで童心に戻ったかのように元気よく歌いながら指切りをした。すると、あいつはニヤニヤしながら、俺に子供のような質問をしてきた。

 「『はりせんぼん』って、針を千本? それとも、魚のハリセンボン?」
 「それ、使い古されたネタだから」
 そう言っても、どっちなのかとしつこく聞いてくるので、面倒くさく

もっとみる
『桜ツアーズ』

『桜ツアーズ』

『桜前線と一緒に出発することになりました。君の近くにも立ち寄るので、挨拶はその時に。』
 旅好きな友人からメールが来た。
 この辺りは桜の開花が遅い。木々はまだ冷たく硬く、鈍い色の枝を伸ばしている。
 それから毎日、開花情報を確認するようになった。
 桜前線は順調に北上を続けている。お花見の様子を伝える映像は、どんどん場所を移していく。近くの桜も蕾を付け、少しずつ少しずつ、大切に花を育てている。

もっとみる