じょーじ_K

バックグラウンド:応用生物学。愛読書、日経サイエンスとナショナルジオグラフィックが愛読…

じょーじ_K

バックグラウンド:応用生物学。愛読書、日経サイエンスとナショナルジオグラフィックが愛読書なサイエンスオタクが科学や自然を自由に考えてみている。

マガジン

  • リベラルサイエンス試考

    自然や科学を社会や人間に還元することを試みる。リベラルアーツのなかのリベラルサイエンスを考えてみる。

最近の記事

AIは最終的にどこまでいくか??

AIのテクノロジーがかなり発達してきて、これからの世界にとても大きな影響を与えていく、というさまが現実になってきている。 さて、AIというと「最終的に人間を滅ぼそうとする」みたいな流れにSFではよくなる。 この理由としては、 ・自分(人間という種)の都合で、地球環境にまで悪影響を与える ・自分の都合を優先し、種の存続などの観点を考えず非合理に他者を加害する みたいなものがあると思う。 AIの発達が著しい昨今、「AIが人類を滅ぼそうとする」ことが現実になってしまうのでは、

    • もう一つの森を作る

      地球第三の森 竹村泰紀 著 紫洲出版 なかなかに挑戦的なことを書いている。 都市を「森」にしてしまおう、というもの。 「森」の機能はまず、二酸化炭素の吸収と貯蔵、酸素の供給、水の確保と貯蔵。 木々は光合成によって二酸化炭素を取りこみ、酸素を排出する。そうやって成長し、幹を伸ばし、葉を茂らせ、根を張ることで表面積が大きくなることで森に水が貯蔵される。 また、森が蓄えている大量の水は大気中に蒸発することによって、上昇気流が起きて雲ができ、雨を降らせる。 そんな森にはたくさん

      • 並行世界の映画から広がる妄想

        とても好きな映画がある。 ニコラス・ケイジ主演の「天使のくれた時間」という作品。ブレット・ラトナー監督。 ニューヨークでバリバリのビジネスマンとして生活している主人公ジャックがクリスマスの日に目覚めたらなぜか学生時代に別れた恋人と結婚していたであろう世界線に移行してしまう、みたいなお話。 あの時のif、をテーマにした作品で、仕事と家族どっちが大事なのか、とか、誰かと一緒にいることの大切さ、とかいろいろ考えさせられることがあるのだけれど、見るたびにいつも気になっている事柄につ

        • 盛者必衰のことわり

          力あるものは栄える。しかもその強いやつを止める者がいなければいつまでも力をふるい続ける。強者による支配は延々と続き、周りから搾取してますますその権力が広がる。いつまでも。 そんなことを考えるとあまり強くないぼくとして絶望的な気分になるのだけれど、一方でこの世の中には盛者必衰の理がある。今日は植物の世界でもそのようなことがあることを紹介しようと思う。 その強者は「セイタカアワダチソウ」である。秋になると道路の中央分離帯にめっちゃ生えている黄色い背の高い奴だ。このセイタカアワ

        AIは最終的にどこまでいくか??

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        • リベラルサイエンス試考
          11本

        記事

          生態学の時代がきた

          今日は書籍の感想。 人新世の科学 オズワルド・シュミッツ著 岩波新書 原題は、The new ecology. -Rethinking a science for the Anthropocene- 従来、生態学は「人間以外の」生物と生物や、生物と自然との関係性を探求、解明していく学問であった。ところが、人間が地球上のありとあらゆる場所で繁殖し、その活動が自然環境に多大なる影響を与えるようになり、「人類と自然が持続的に共生していくにはどうすればいいのか」を考える必要性に

          生態学の時代がきた

          働かないアリは働くアリと同等に重要な存在だ

          ぼくが以前ベンチャー企業に勤めていたときに、社長が学生だったか20代前半くらいの若い人にこんなことを言っている場面に遭遇した。 「知ってる? アリの集団には働くアリが七割いて、残りの三割は働かないアリなんだよ」 彼がその若者にその話をしたのは、「怠けている三割のアリになってはだめだ。とにかく働け!」ということを伝えたかったのだと思う。 その社長はイケイケで、仕事が趣味みたいな人だったからだぶんそう。 確かに、ベンチャー企業の社長が好みそうな例えだ。 けれど、たまたまその場

          働かないアリは働くアリと同等に重要な存在だ

          自然や生体に学ぶ

          新幹線のデザインにカワセミ、効率的なポンプのデザインにオウムガイ、省エネで快適な住居を作るためにアリ塚。 自然の造形は実に効率的で無駄がない。たくさんの生き物が組み合わさった生態系のシステムはとてつもなく興味深く、さらに生態系と地形や気候が絡み合った自然のシステムは効率的でもう本当に美しくて尊い。 というところを知るだけでも楽しすぎるのでぼくはサイエンスオタクなわけなのだけれど、この「自然の無駄のない造形やシステム」は人間社会で生きているぼくらにもとてつもない恩恵をもたらす

          自然や生体に学ぶ

          悪魔の種族

          人間という種族が地球を温暖化させていることに、もはや疑いの余地はない。 国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書において記載された見解だ。 とてつもなく端的に言ってしまうと「地球環境に負荷をかけているのは人間だ」ということである。産業革命以降現在位に至るまで、人類は己の繁栄のために自分たち以外のすべての種を犠牲しているのだ。 そういう意味で地球にとって人類は悪魔の種族だといえる。 (災害映画やSF作品なんかでも「人類は自分たちの繁栄しか考えていないから滅

          悪魔の種族

          若返ったらどうなる??

          あの時こうしていれば、過去のあの時に戻れたら、なんてことをよく考える。 もちろん単純に時間を巻き戻して「その時と全く同じ条件」ではなく、「その時の出来事からの知見や、生きてきた中で得た知恵などなどを持ったまま」という意味合いで。 タイムスリップ、というわけではなく「精神は今の状態、身体は当時のままに戻りたい」ということである。そうなったらきっと過去の自分よりもよっぽどうまく物事に対処できる、そしてより幸せになれるはずだ。 そういう妄想をするのは非常に楽しい(そしてその後ちょ

          若返ったらどうなる??

          昔なじみが世界レベルになっている

          大学のころの昔なじみが、今や世界レベルで認知されている。 これはなんかすごいことだ。 ぼくの学生当時、もちろん彼らはその界隈ではかなり知られたものだった。 とてつもなくびっくりしている。 まさか、PCRやらmRNAやら、そんな言葉が世間一般に広がるなんて誰が思うだろう。 ぼくの学生時代の専攻は応用生物学だ。生物の分類やら、動物のことやらはもちろん、微生物のことや、DNAやらたんぱく質やら、つまりはバイオテクノロジーと呼ばれるものを学んできた。 その時に、mRNAを使ったり、

          昔なじみが世界レベルになっている

          鼻毛との攻防

          鼻毛。 鼻毛とぼくを含めた人との関係は非常に複雑だ。 鼻毛、というのは一般的に「はなげ」と読むが、医学的には「びもう」と呼ぶらしい。 鼻の穴の内側にある鼻前庭という場所に密生している毛を指す。 鼻毛が長くなると、鼻の穴からぴろっと出てきてとても体裁が悪い。 言わずもがな。 なんで鼻毛のことを書いているかというと春だからだ。 春になると暖かくなって、気分もアクティブに、オープンになっていくのはいいのだけれど、猛烈に困ったこともある。 花粉症だ。 そして花粉症に付随するのが鼻

          鼻毛との攻防

          はじめに

          ぼくはサイエンスが好きだ。 なんでかというと、ぼくにとってサイエンスというのは未知との遭遇なのだ。 自然の成り立ち、この世界や生き物はどうやって生活生存しているのか、どういう関係性を作ってなぜそうなっているのか。 それぞれの事象そのものやその現象がなんで起こるのかを、理解することもおもしろいけれど、ぼくにとっておもしろいのは「知らなかったことを知ることができる」こと。 もちろん、未知との遭遇にはいろいろあるけれど、最も身近で最も広い未知がぼくにとってのサイエンスだ。 サ

          やりたいことはないけれど、できることはある

          ぼくにはこれといってやりたいことがない。 そのことに気づいたのは今から数年前、二社目の会社を辞めた後だ。 その会社にいたとき、ぼくは仕事が終わり家に帰ってからいつも小説を書いていた。 仕事ではある程度の実績はあげていた。 けれどずっとその会社で仕事をしていくイメージはなかった。 毎日遅くまで残業、忙しい時期になると休日出勤。 平社員だったからまだよかった。管理職になったら、上層部から自動的に降ってくる数字に責任を負わされ、非現実的な目標をどう達成するのかと机上の空論を積み上

          やりたいことはないけれど、できることはある

          神へ祈る舞いがぼくの常識をぶち壊してしまった

          面を被った翁が開いた幕をくぐって舞台に立った。 ぼく床に胡坐をかいてそれを見ていた。 足元から頭へと視線があがる。 視線を上げ終わった瞬間、ぼくの背中に稲妻が走った。 日本の伝統芸能にあまり興味を持ったことはなかった。 子どものころ、地域のお祭りに出てお囃子をやったり、和太鼓演奏のかっこよさにあこがれたことはある。 けれど、ぼくは基本的に日本の伝統芸能というものに特別な思い入れがあったことはなかった。 歌舞伎や狂言は何を言っているかよくわからないし、舞いもなんだかゆっくりで

          神へ祈る舞いがぼくの常識をぶち壊してしまった

          ぼくなりの人間関係の作り方

          「営業で売り込むのは商品じゃない。その人自身だ。だから人間関係をしっかりつくれ」 営業をしているとき、よくそんな言葉を聞いた。 今ではその言葉の意味はそれなりにわかっているつもりだけれど、会社員になりたてのころ、それを聞いてぼくは絶望した。 陰キャ根暗で人づきあいそのものが苦手のぼくに、どう「人間関係」をつくれというのか。 その疑問をぶつけるとたいていこんな言葉が返ってくる。 「飲みに行け」 普段の仕事時間では「ビジネスマン」の顔をしている取引先も、アルコールが入れば人

          ぼくなりの人間関係の作り方

          電話は五感を封じる

          ぼくは電話がきらいだ。 受けるのはまだいい。 もちろん、前触れもなくいきなりかかってくるのは困る。あまり時間がないときに長々と話されるのも困る。 でも受ける分にはまだましだ。かかってきたものに対応するだけでよいのだから。 問題はこちらからかけるときだ。 すごくイヤだ。 今はSNSに付属した音声通話機能があるけれど、それもイヤ。 音声通話する直前、発信のボタンを押すのには勇気がいるレベルだ。 正直、相手が親しい人だとしても電話をするのは躊躇してしまう。 もともとぼくは友人と世

          電話は五感を封じる