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電話は五感を封じる

ぼくは電話がきらいだ。
受けるのはまだいい。
もちろん、前触れもなくいきなりかかってくるのは困る。あまり時間がないときに長々と話されるのも困る。
でも受ける分にはまだましだ。かかってきたものに対応するだけでよいのだから。

問題はこちらからかけるときだ。
すごくイヤだ。
今はSNSに付属した音声通話機能があるけれど、それもイヤ。
音声通話する直前、発信のボタンを押すのには勇気がいるレベルだ。
正直、相手が親しい人だとしても電話をするのは躊躇してしまう。
もともとぼくは友人と世間話をとりとめもなく電話する、という習慣がないし、必要な時以外にはコミュニケーションしないきらいがある。
よく知らない人ならなおさらだ。発信する前に台本のようなものを作ってからでないと発信ボタンを押せない。
それくらいぼくは電話が苦手だ。

今でこそ、メッセージやビデオ通話が一般的になってきて、10年前とかに比べれば電話を使う機会は少なくなった。
しかし、かれこれ20年ほど前。ぼくが新卒で社会人になりたてのころ、電話はバリバリ現役だ。
新入社員研修とかでの「電話のかけ方実践」はもちろん、部署に配属されて初めて会社にかかってきた電話に出たときは、誰からかかってきたのかも聞き取れず、あわあわとまともな受け答えすらできなかった。

さらに、ぼくは新卒から営業職についた。
その後もながらく営業職に就いていたから、電話をする、それも社外の人たちと電話で話をすることは日常茶飯事だった。

ぼくが新米営業マンとして上司から言われたのは、

取引先には、実際に会いにいくのが一番。
それができないなら電話。
それもできないならメール。

という具合。

時が経つにつれてだんだんと「用事もないのに会いに来るなよ、電話も忙しいから対応しづらい。必要なことはメールで」みたいな感覚が広がっていたけれど、メールを送っても見られなかったり理解されなかったりするケースは多々あり、会いに行く時間はないので、結局電話でメールの内容を説明する、みたいなことになる。

さらに、極めつけに最悪なのが「テレアポ」だ。
もちろん、日常的にはやらない。基本的にぼくの営業はルート営業で、特定の取引先にいくことがメインだったから、「見ず知らずの相手にいきなり電話をかける」みたいなことをやることはほとんどない。

けれど、その「ほとんど」がないわけでもなかった。
「売り上げを伸ばすために今月は新規のお客さんを探そう」なんぞといういらないキャンペーンちっくなことが社内で開催されることがあり、その場合はぼくもスーパーしぶしぶながら、「ぜんぜん見ず知らずの」「こちらのことをほぼ知らない」「こちらのことを必要かどうかもわからない」相手に、ぴっぽっぱと電話をしなくてはならないときがあった。

もちろん、話を聞いてくれて「じゃあ話くらいは聞くよ」と、アポイントに応じてくれることは10件に1件あった。そこから新しい取引につながることはないわけではない。

けれど、「自分は○○社のこういう仕事をしている者で」「御社にこれこれこういう理由があって、こんな要望があるのではと思って電話をした」「できれば一度話をしに伺いたい」という台本を練り上げて、いざ受話器を持って話をしても、「今忙しいから間に合ってます」というニュアンスのことを、限りなく婉曲に、もしくは限りなくストレートに放たれるのがほとんどなのだ。
この時はもう史上最高にストレスだった。

別に知らない人と話をするのが嫌なのではない。対面したりとか、今ではビデオ会議とかで初めての人と話をするのはまあ、別に構わない。
けれど、電話はいやなのだ。マジでいや!

なんでか、というと、「声しか聞こえない」ということが大きいのだと思う。
ぼくは人とコミュニケーションをするときに、とにかく相手を観察する。
もともと人と接するのは得意ではないのだけれど、表情や身振り手振り、視線や相手の温度感などなどをどうにかこうにか観察する。
「あ、この話は響いてないな」とか、「お、乗ってきたぞ」とか考えながら話をする習慣がある。
声だけだと、その入ってくる情報がものすごく限られてしまう。
もちろん、声色とか、話している速度などなどから読み取れることはある。
けれど、ぼくにとって「電話で話す」ということは、視覚聴覚などの五感のうち、聴覚しか使えない、残りの四つを封じられた状態で相手と対峙せよ、と言われているのと同然なのだ(第六感ももちろんあるけれど、五感あっての第六感だ)。

なので、本当に電話というのは可能な限り避けたい。
幸い、今の時代、コミュニケーションツールがいろいろ出てきているので、どうにか電話をすることを回避することはできる。
携帯電話はスマートフォンとなり、持ち歩きできる機器でもビデオ通話ができたりする。
現代人は電話を使わない、マナーがなってない、みたいなことを言う人もいるけれど、そもそも電話というのはかなり限られた情報しかないコミュニケーションツールだと思う。
そこに無理やり適応することも時には必要だろうけれど、やっぱり自分に合ったコミュニケーション方法を見つけるのが、この時代での生きる知恵なんじゃないだろうか。

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