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怪奇捜査官ベル 〜ゴミの中の死神〜

※この小説には過激な暴力描写が含まれる事がございます。また、登場人物、場所、団体などは全てフィクションです。


私はベル・ワース警部。雨止まぬ町と言われている「レインタウン」で警官をしている。自分でいうのもなんだが腕は確かだと自負している。しかしどういう訳か私は奇妙な事件に関わる事が多い。話せば頭を打ったか、それともファンタジーを語っているのか、皆そう馬鹿にするが興味が有ればいつでも私の体験を話そう。想像絶する表現を使う事があるから、心臓が弱いなら聞かない方がいい。雨止まぬ町なのに今日は晴れだ。ゆっくりしていくといい、美味しいコーヒーがあるんだ。


それは夏の事だった。雨の多いこの町じゃ夏こそ最悪だ。高い気温がより湿度を上げ、今にでも体にカビが生えそうな勢いだ。冗談はさておき、また厄介な事件が起こった。傷害事件だそうだ。連絡によると夜中に刃物を持った何者かが被害者を刺しているところを目撃し、身を隠し通報したが肝心の被害者と犯人はいつの間にか消えていたという。暗かったため情報はそれだけだ。私はハンカチで汗を拭きながら現場に向かうと、すでに警官と野次馬でいっぱいだ。現場はビルとビルの間にある薄暗く狭い路地。ここに被害者と犯人が生きて一緒にいてくれたら楽だが、やはりそうはいかないらしい。その場にいた鑑識に聞くと、争った後や致死量であろうくらいの血痕は発見出来たが、肝心の死体がないらしい。そして奇妙なのは、指だ。それも女性の小指、それが現場付近に落ちていたという。私は鑑識が袋に入れた指を見る。不思議だ。何かに切られたというより、千切られたようだ。私はスマホで写真を撮り証拠として保存した。また1人で捜査するのかと陰口をたたかれそうだが、今回の事件に興味が湧いてしまった。鑑識が私に血痕があった場所へ案内する。すると不思議な事に、飛び散った血のすぐ横には縁を描くように血が広がっていたのだ。人の手で描かれたとかそんなんではない。まるで何か型があってそこに血を流し込んだような、一見したらそんな感じとしか言いようがない。だが、何のために。犯人のいたずらか、我々に対する挑戦だろうか?私がチラチラと様子をうかがうと傷を発見した。円を描く血の跡側のビルについていた。レインタウンの湿り気が教えてくれた、傷の部分だけ若干湿りが浅く色が薄い。何かが擦れた後にも思える。よく見れば、路地を進んで向こう側にも血が滴っている。そこには滴っている血とは別に、曲線を綺麗に描いた血もあった。血のついた何かが、地面に当たったのか。凄いことに、そこに血で染まった足跡も続いている。しかも裸足の跡だ。だが、血の跡は次の道路を出てからは無くなっていた。今のところ、私がわかったのはこれだけだ。状況からして、被害者が無事とは到底思えないが、せめて犯人は早急に捕まえなければ。次は、目撃者の証言を聞こう。


私は目撃者本人から聞いた話しと手がかりを、自分のアパートで整理する。被害にあったであろう女性の素性はまだわかっていない。犯人の容姿も目撃は出来なかった。そこそこの雨でしかも夜、街灯だけでは細部までは目撃していなかったようだ。だが刃物はばっちり見えてしまったため、身を隠して通報した後現場に戻ると、そこにあったのは大量の血だけだったそうだ。そういえば通報時、とある音が聞こえたという。壁に何かが当たる音、多分軽く大きい何かが当たる音だったという。軽く大きいもの、裏路地にあっても不自然じゃないものがそこにはあったということか。そういえば、円と曲線を描いた血があった。その軽くて大きいものがその血を描いたとしたら、犯人は犯行にそれを使って被害者を隠したのか?そうだ、わかったぞ、プラスチック製のゴミ箱だ!丸く大きい、路地に皆置いていてプラスチックだから軽いし不自然じゃない!犯人は被害者を慌てて隠そうとし、ゴミ箱に押し込み持ち去ったのだ!しかし、私は急に釈然としなくなった。まだ完全に謎が解けていない。1つ目は千切れた指の事だ。犯人が刃物を使ったのは確実だ。だが、仮に遺体をバラバラにしてゴミ箱に詰めたのなら、なぜあんなに切り口の悪い指が転がっていたんだ。隠せなかった、そして処理に手こずったのか。もう1つはあの綺麗に描かれた血の円だ。プラスチック製のゴミ箱に遺体を入れたのなら、血はゴミ箱の中でとどまるのが普通だ。ゴミ箱の底に穴が空いていて、犯人が血だらけの遺体を詰めて、時間経過と共にあの円が出来たかもしれん。いや、その割には時間がかかりすぎる。目撃者は通報して1分程で戻ったが、その時にはもう血しかなかったのだから。非現実的だが、私はゴミ箱に穴が空いていたという仮説に、ある可能性を見出していた。


私は翌日、曇りの中、事件現場の路地の向こう側、つまり事件があった場所からさらに先を探す事にした。血はたしかに路地を進んですぐに消えていたが、もし犯人が道路を挟んだ先の路地に逃げ込んでいたとしたら、血が残っている可能性がある。私は車が通らなくなったのを見計らって向こうの薄暗い路地まで走り、スマホのライトで地面を照らす。するとわずかだが血が地面に付いている。それも、まだ遠くに続いている。ビンゴだ、この先にまだ手がかりはある。私はかすれた血の跡を追い数分ほど歩くと、町外れのゴミ処理場につく。大量のゴミの山の臭いが鼻をつく。古い錆びた鉄柵に囲われ、かなり広い。犯人はここへ逃げ込んだのか。私はゴミ処理場に1人で入っていく。


ゴミの山が積まれた場所を念入りに探していると、信じられないものを発見した。ゴミの山中から引っ張り出すと、そこにあったのは血まみれの服だ。雨のせいで湿っている訳ではない、ついた血が乾いてないのだ。その後も辺りを引っ張り出すと、血のついた服や靴がいくつも出てきた。女ものだけじゃない、人を見境なく襲ってここに隠していたようだ。犯人が人を襲っているのは今回だけじゃないというのか。しかも血の量から見て、被害者も生きていないことを物語っている。そうだ、遺体はどこだ?骨もないか?なぜ服や靴しか出てこない?その時だった。私の真後ろで何かがカタッと音を立てた。私は拳銃を引き抜き後ろに振り向いたが誰もいない。ゴミの山にゴミ箱だけだ。気のせいか、また証拠を探そうとした瞬間、私の頭に電撃が走る。今のゴミ箱、プラスチック製だった。しかも、あったのはひとつだけ。私がもう一度振り向くと、私の背後から包丁を持った何かが襲ってくる。私は辛くも避け拳銃を構えるが、そいつの正体はおぞましいものだった。ゴミ箱に入った薄く長い髪をした血まみれで裸足の男。ゴミ箱の下からは足が、上からは胸と手と頭が出ていて、それ以外はプラスチックの鎧のように覆われていた。恐らく裸でゴミ箱の中に入っている。ゴミ箱の下部分から血を流し、ヨダレを垂らして真っ黒な目は明らかに殺意をむき出しにしている事がわかる。ふざけているようにも思えるが、犯人はゴミ箱の中に潜み人を襲っていたのだ。ゴミ箱に穴が空いている、予想のはるか先の答えがおぞましい現実となって現れる。遺体がどこにあるとか、犯人の目的とかどうでもいい。私が今やるべき事は自分の身を守る事だ。私はまるで化け物のように荒い息をするゴミ箱の男に銃を突きつける。動くなと再三の警告をしたにもかかわらず、男は私に襲いかかってくる。私はやむなく発砲したが、どういうわけかゴミ箱に穴が空いて血が出るだけで、彼は全く動じず私に刃を向けてきた。私は手と足で何とか止めるが、このままでは首を刺されかねない。銃を撃とうにも、右手をものすごい力で握られている。すると、男が銃に動じなかった理由がわかった。襲われている体勢からだとゴミ箱の中身が見える。ゴミ箱の中身は遺体の部位がたくさん敷き詰められている。足の方に血が滴っていた理由がこれか。何より、改めてこいつの顔を見ると、想像がより絶望に近づいていく。歯が、赤く染まっている。考えたくない、今だけは!その時、私の様子をゴミ処理場の作業員らしき3人組がゴミ山の頂上から見下ろしていた。私は声を荒げて助けを求めたが、その声が届く事はなかった。どういう訳かその3人組は何事もなかったかなように去っていく。おいふざけるな、どうしてだと心の中で叫んだが、それも無意味だ。私は一世一代の賭けに出る。拳銃を握っている手を引き剥がすのではなく、徐々に男の耳元に近づけていく。銃口はまだ男に向ける事はできないが、この距離なら攻撃ができる。私は男の耳元で発砲すると、男は耳を押さえて後ろに下がる。弾が当てられなくても、音の攻撃は強烈だろう。私は後ろに下がった男の足に発砲し、男はもがき倒れる。私はすぐに包丁を取り上げようとしたが、男は手に持っていた包丁で何と自分の首を刺した。あまりに唐突の出来事だったため何も出来なかったが、私は危険は去った事に安堵していた。命を狙われた人間の思考なんて、これくらい単純なのだ。私はゴミ箱から自殺した男の遺体を引きずりだし、ゴミ箱の中身を確認すると、やはりバラバラにされた遺体たちだ。少なくとも2人以上のものだ。遺体を持ち運んでいたとは。犯人の男の方はひどく痩せていて、バランスを保っていたのはこの肉塊たちのおかげらしい。私は思わずハンカチで鼻をおさえた。きっと我々が捜査していた事件の後にも犯行を行なっていたのだろう。まだ新しいし、偶然見つけた手を見ると食いちぎられた跡がある。遺体を持ち運んでいるにもかかわらずみせた無尽蔵の身体能力と遺体を隠すゴミ箱、そして雨が多いこの町が犯人を隠すための霧を作っていたのだ。何はともあれ、この体験を話せば笑う奴がいる事は間違いない、それ程までに奇妙な事件だったのだから。



私は署で改めて事件を整理する。犯人はゴミ箱に潜み常習的に人を襲っていた。理由は、考えたくはないが食事のためだ。だが、あの日目撃者に通報され、まともな食事をする事が出来ず、すぐさま遺体をの処理をゴミ箱の中で行った。ゴミ箱に入っていた遺体は刃物で綺麗にされていたから、その際に出た血が下から滴りあの円を描いたのだ。目撃者が通報から戻るまでの1分弱、その気になれば可能な時間だ。恐らく、あの男は通報されたと気づくまでいつものように人をあの場で食べていたのだろう。食いちぎられた指がそうだ。だが、遺体の処理に焦り食べていた指のことを忘れていた。その後慌てて処理をするあまり、壁に自分の入っているゴミ箱が当たり傷ができた。血の曲線もそうだ、移動中ゴミ箱の下のフチが地面に当たり出来たものだろう。その後は、ゴミ箱の遺体と共に血を滴らせ逃げ、ゴミ処理場に身を潜めた。事件が解決して良かったとは心の底からは言えない。なぜならそんな大胆な犯行を我々は今回の件があるまで見逃していたからだ。数ある行方不明者や町の変化に対して日頃から厳重に調査していれば、被害は拡大せずに済んだのかもしれない。これは警察の怠慢と言わざるを得ない。何より、私を助けなかったあの3人組は未だに確認出来ていない。ゴミ処理場の職員曰く、私が見た作業員の特徴と一致する職員はいないとの事だった。その3人は行方不明、願わくば私にしたように悪い事はせず傍観を気取って欲しいものだ。それとも、私が生んだ幻覚だったのか。だとしたら、私も警察としてまだまだだな。


今回の殺人事件は大きなニュースにならなかった。理由としては人を食うの素性のわからぬ殺人鬼、謎の3人組、そして犯人の洗い出さない前科、事件として成立させるにもその場にいたのが私だけでは話にならない程に不気味で理解不能なものだったからだ。とにかく、次の殺人を未然に防げてよかったという警察の楽観的な感想で今回はそれだけで終わった。だが、せめて私だけでも語り継ごうと思う。雨止まぬ町に、かつて死神が潜んでいたことを。


怪奇捜査官ベル〜ゴミの中の死神〜





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