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「~のために」行うことをやめる【ニーチェ】20

今回は少し難解です。
当たり前の事を言っているのですが、
ではどうするのか、どう考えるのかが
ちょっと難しい・・・

そんな内容です。
ちょっと読んでみましょう。


「~のために」行うことをやめる
どれほど良いことにみえても、「~のために」行うことは、卑しく貪欲なことだ。

誰々のためにであろうとも、何々のためにであろうとも、それが失敗したと思える時には相手、もしくは事情や何かのせいにする心が生まれるし、うまくいったと思える時には自分の手柄だとする慢心が生まれるからだ。

つまり、本当は自分のためにだけ行っているのだ。

けれど、純粋に能動的な愛から行われるときには、「~のために」という言葉も考えも出てくることはない。
『ツァラトゥストラはかく語りき』超訳 ニーチェの言葉

いかがでしょうか・・・

私は基本、自分のためにというよりも、
「~のために」ということで、
色々やってきたのですが、
実は、自分が満足したいためだったのかと。

なるほど・・・
ちょっと考え直してみました。

仕事とかなら、淡々とやるべき事をやるのが
いいんでしょうね。

ちょっと、深堀ができていないです。
もう少し読み込みたいと思います。

みなさんはどうでしょう・・・

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ニーチェの言葉と自分の解釈を書いてます。

マガジンにも入れておきますので
興味をお持ちでしたら
読んで頂けると幸いです。

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