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僕と君はカタラーナとブリュレのようで

「カタラーナとブリュレって、何が違うか知ってる?」

彼女にそう聞かれた時、僕は少し考えるフリをした。
考えても分かるわけないけど、すぐ諦めたら会話をする気がない奴みたいだしね。

「…硬いか、硬くないか?」

彼女は僕の返答を聞いてニヤニヤしている。
やっぱ、間違ってるよね。

「正解は、カタラーナは粉類を混ぜる。
クリームブリュレは粉類を混ぜないで、湯煎して凝固させるんだって」

「へー」

確かに初めて知った、けど。

「それ、知ってて得する場面あるの?」

僕が聞くと、彼女は不思議そうな顔をした。

「人との会話で使えるじゃん。
 聞くと、ちょっと得した気持ちになるでしょ?」

その答えに、彼女の魅力が詰まっている気がした。

彼女はいつも朗らかで、気がつくと周りに人が集まるタイプだった。
ちょっとした会話でも人を楽しませようとするサービス精神を持っているし、無理することなく自然にそれを発揮することができる。
僕は、そんな彼女が眩しかった。

僕も人と話すのは嫌いじゃない。
でも、彼女ほど好きでもなかった。

それでも僕が彼女と親しくなったのは、趣味や考え方が似ていたからだ。
好きな映画や音楽。嫌いなタレントや苦手な人のタイプ。どれも驚く程に似ていた。

唯一似ていなかったのは、人間関係への考え方。
彼女は人付き合いの幅を広げるのが好きなタイプ。
僕は、仲が良い友人が数人いれば満足なタイプだった。

そんな感じで、僕らはすれ違い始めた。
知り合いを増やして、毎日楽しそうに外に出る彼女。
限られた繋がりの中で日々を楽しく過ごす僕。

お互いの考え方が分からないわけじゃなかったけど、やっぱり一緒にいることには無理があった。

「私たち、カタラーナとブリュレみたいだったね」

別れ際、最後にそう言われた。

「よく似てると思ってたけど、根本が違ってた。
 だからこそ、最初は楽しかったんだろうけどね」

悲しいけど、こういう時も意見は合う。
僕たちは、ぱっと見はよく似ているから。


レストランでカタラーナやブリュレを見る度に、いまだに彼女との記憶が頭をよぎる。
困ったことに、イタリアンには大体どちらかが用意されている。
メニューにカタラーナかブリュレを見つける度、僕は少しだけ切ない気持ちになる。

「カタラーナとブリュレって、何が違うか知ってる?」

楽しそうな彼女の表情と言葉は、時間と共に少しずつ溶けて消えていく。

僕は、料理にもお菓子にもまったく興味がないけれど。

君が教えてくれたカタラーナとブリュレの違いを、ずっと忘れないだろう。

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