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笛の音が聞こえたら、どこでも飛んでいくから

実家の僕の部屋には、木で出来た笛が置いてある。
吹くと、フクロウの鳴き声に似た音を奏でる。

もうかれこれ20年程吹いていないけど、それは僕にとってかけがえのない宝物だ。


『親友の証な』

そんな言葉と共に笛を僕にくれたのは、小学校の同級生だった。

彼は3年生の頃に転校してきた。
僕と仲良くなったのは5年生の頃。出席番号が一つ違いだった僕達は、自然とよく話すようになった。

話してみると、不思議なくらい気が合った。
友達グループ3、4人で遊ぶこともあったけど、2人で会うことが一番多かった。


田舎で育った僕と親友は、近くの森の中に秘密基地を作った。

小さい子が公園の中に作るような秘密基地とは違う。
大人でもそう簡単に入ってこれないようなところに作った、僕らだけの場所だ。

そこで、僕らは色んな話をした。
好きなアニメや漫画の話。
好きな先生、嫌いな先生。
うまくいかない共通の友達の恋。
お互い、両親があまり仲良くないこと。
憎まれ口を叩く仲の良い女子の話。
言葉には出さなかったけど、多分僕らは同じ女の子が好きだった。

秘密基地に行く時、僕らは決まって笛を首からぶら下げていた。
鳥の声は、山の中でも遠くまで届くらしい。
そんな噂を信じて、僕らは互いに何かあった時笛を吹けるようにしていた。

僕らの関係性は、いつまでも続くと信じていた。

小学6年生の冬。
僕は親の奨めで私立の中学を受験することになった。
受験や面接をさせること自体が、僕にとって良い人生経験になると思ったらしい。
塾に通ってすらいなかった僕が合格するなんて、両親はおろか僕自身を含めて誰も考えていなかった。

そんな状態だったから、合格発表で掲示板に名前があった時すごく戸惑ったのを覚えている。
地元の中学に進むか、私立の中学に行くか。
普通ではあり得ないことだけど、結果が出てからすごく迷った。


私立の中学校に進むことを告げた時、親友は笑って祝福してくれた。

『お前、頭良いもんな。めっちゃすごいわ』

そう言われたことが、今でも昨日のことのように思い出せる。

『でも、いつでも会えるもんな。家近いし』

僕がそう言うと、親友はニカっと笑った。

『当たり前じゃん』

僕が別の中学に行くことで、もしかしたら親友と距離が生まれてしまうかもしれない。僕はそれを払拭したかった。


その心配は、違う意味で杞憂に終わることとなった。

親友の両親が離婚したのだ。
彼は、母親と共に遠く離れた街に行くことになった。


僕らは、最後に遊んだ日もいつもの秘密基地でくだらない話をした。

お互い友達のいない環境で、どんな自己紹介をしようか。
ONE PIECEの最終回はどうなるのか。
共通の友達が好きな子に3回告白して3回フラれたらしい。
くだらない話をして、笑った。

楽しい時間は一瞬で過ぎて、いつの間にか夕暮れが訪れた。
自転車の帰り道も、笑いが途切れることはなかった。

僕達は、やがて別れ道にたどり着いた。
いつも親友と別れる場所である。

親友は、珍しく真剣な顔をした。

『それ、辛い時があったら吹けよ』

そう言って、僕が首から下げている笛を指し示した。

『遠くまで聞こえるらしいから。笛の音が聞こえたら、どこでも飛んで行くから』

不意に、喉が渇くような感覚が訪れた。
自分が泣きそうになっていることに、ようやく気付いた。
僕は、絶対に涙を見せないようにしながら答えた。

『そっちこそ、新しい学校馴染めなかったらすぐ吹けよ。そっち行って話し相手になってやるよ』

親友は、いつも通りニカッと微笑んだ。

『こっちのセリフだわ』

自転車に跨った彼は、気持ちを切り替えるように地面を蹴ってターンした。
そして、こちらを一度だけ振り返って手を振った。

『じゃあな!』

僕はその場から動かず、精一杯手を振った。

『じゃあな!!』

人との別れであんなに手を振ったのは、それが最初で最後だったかもしれない。


その日から、僕はまだ一度も笛を吹いていない。
幸運にも周囲の人間関係には恵まれていたし、学校が辛くなることもなかった。

向こうはどうだっただろう。
僕は、彼も笛を吹いていないと思う。

親友であっても、滅多なことで人に頼るようなやつじゃない。僕は、彼のそういう強いところが好きだった。


別れたその日以来、彼とは連絡を取っていない。
僕らの親同士はあまり仲良くなかったし、当時は携帯電話もなかった。
SNSで探せば見つかったかもしれないけど、そこまでしようとは思わなかった。

多分、僕らの中にいる2人はお互い12歳のままだ。
12歳だから話も合ったし、12歳だからこそ最高の親友になれたんだと思う。大人になって、改めて会う必要はあまり感じなかった。

もしかしたら、向こうはもう僕のことを忘れているかもしれない。
笛を吹いても、彼はもう来ないかもしれない。
というか、普通に考えたらそうだと思う。


でも、僕は信じている。
笛を吹いたら、きっと彼は来てくれる。
12歳の姿そのままで、自転車に乗って。
そう思うことで僕は自分を信じ、強い気持ちでいることができるのだ。

この先も、多分笛を吹くことはないだろう。
でも、きっと捨てることもない。
これからもずっと大切にしていくんだと思う。

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