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バックパッカーズ・ゲストハウス⑧「モヒカンの誘惑」

前回までのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 時間を切り売りする以外にも、なにか金を作る方法はないかと考えたが、私に出来ることは競輪の予想ぐらいだった。競輪の予想には、映写機を回すよりも専門的な知識がいる。そのスキルを頼りに、たまに入る日雇いで得た金を元手に競輪場に通った。しかし、手っ取り早く路銀を用意したいという思いに引っ張られて、ついつい予想が穴狙いになってしまい、信じられないぐらい外しまくった。

 そんなことをしている間に六月の後半になった。龍から、「遊びに来いよ」といつもの誘いがあり、東京まで出て行ったが、まだ四ヶ月間東京に滞在する計画は話さなかった。「この調子だと実現しないんじゃないか」と内心いもを引いていた。

 この時の滞在中に、「美容室に行くけど、一緒に来ないか」と龍に誘われた。なぜか、「モヒカンにしよう」としつこく言われた。
 当然断って、彼がホストが行くにしては地味な板橋にある美容室で、二時間だか三時間だか掛けて、カットと縮毛矯正をするという間、私はひとりでブラブラすることにした。阿佐田哲也の「麻雀放浪記」がフェイバリットだったので、小説に度々登場する上野に行こうと思い立った。

 駅で路線図を見た時に、上野から二駅先の秋葉原に目が留まった。動物園のパンダと、植村直己が学生時代に登山用具を揃えたというアメ横、そして、「俺は野上の健だ」とギロッポン、ザギンみたいな感じで、テレコにして呼ぶドサ健のホームグラウンド。私の知識では上野は渋い街なのに対して、秋葉原はオタク文化が脚光を浴びていた時期であり、現役バリバリで売り出し中の街だった。

 この二つの街が意外と近いことをはじめて知った私は、秋葉原から上野まで歩いて散策することに決めた。歩いて見て回るだけなら丁度良い時間で、金も掛からなさそうだった。
 スマホで情報をあれこれ検索するような時代にはまだなっていなかったので、とりあえずJR秋葉原の駅から、あてずっぽでガヤガヤしてそうな方角を目指して歩いた。
 上手い具合に電気街口から中央通りに出たので、そこから北へ向って歩くことにした。いくらも進まないうちに、献花台を見た。少し前に、通り魔事件があり、その被害者に対して捧げられたものだった。

 不謹慎なことを言いたい訳ではないし、ふざけている訳でもない。私は献花台の近くの交差点で信号待ちをしていた。目の前には同じように信号を待つサラリーマンが二人。二人ともが禿げていた。それを見ながら、「人生っていうのは短い――しかも人生の中で、髪がある期間っていうのは、更に短いんだよな」と思った。そうすると、「髪がある内に、一回ぐらいモヒカンにしてみるのも悪くないな」という気になった。

 それで、信号は渡らず、今来た道を引き返しながら、「やっぱりモヒカンにしようと思う」と龍に電話を掛けた



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