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マリーはなぜ泣く⑬~振り向くな~

前回のあらすじ:元バンド仲間ジンジャーの追悼ライブをやるため、主人公は相方大籠包と共に久しぶりに松山へ帰った。再会した旧友達の幸せそうな現状を見て、二人はそれぞれに取り残されたような感傷を持つ。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 しばらくギターを弾いてなかったことはすぐにバレた。そりゃそうだろう。自分でもビックリするぐらい指がモタついた。

「本番では上手くやるよ」昔と同じように強がりを言う俺に、
「声は前より更に良くなった。三十代の声になったね」と伊東さんは言った。

 壁に掛けられた写真を見ながら、明日共演する予定の元有名バンドを指して聞いてみた。

「最近すっかり聞かないけど、どうしてる?」
「カレとカレ、二人は曲も作ってたから、印税がそれなりに入ってる。まあよっぽどヘマをしなければ、今後も人並みの生活はやっていけるだろうね。あとの二人はジリ貧さ。それでもネームバリューはあるから、この業界にしがみつくなら、なんとかやってはいけるだろうけど」

 俺が視線を横のアイドルグループに走らせたのに気づいて、伊東さんは説明を続けた。
「この子達はまだ恵まれてるよ。みんな中流以上の実家があるし、いずれ結婚する。相手に困るってことは無いだろうね。アイドルの寿命は短いかも知れないけど、スターじゃ無くなったって、それなりに暮らしていける」

 そこまで言うと、伊東さんは話題を変え、俺の近状について質問した。俺は素直に、最後に組んでいたバンドが自然消滅して以来、音楽はまったくやっていないことと、芸人として行き詰まっている現状を話した。

「そこそこは通用してるだけに厄介なんだ」そこで言葉を切った俺に、
「家庭の方はどうだ」と彼は言った。
「文句も言わず、よく働いてくれる嫁で助かった。俺の収入だけじゃとても家庭なんて維持できない。今回初めて有給を取ってるのを見たよ。――良く笑うところもいい」そこまで言って、俺は褒めすぎるのが恥ずかしくなり、
「めっちゃ太ったけど」と付け足した。

 伊東さんは、
「実は僕も結婚を考えてる相手が居る」と告白した。写真を見せてくれとせがむと、
「明日、実物を紹介するよ」と言われた。

 深夜一時ぐらいまで練習をした後、二人で飲みに出た。夜明けまで色んなことを話した。シラフの時は、「頑張れ」と言っていた伊東さんは、酔いがまわると、「無理すんな。いつでも戻ってこい」と何度も口にした。

 明け方に、八坂通りという、繁華街のメインストリートを仲良く歩く先代と大籠包に出くわした。
「せっかくだから最後にみんなで乾杯しよう」ということになり、閉店の準備をしていた立ち飲み屋に飛び込み、「すぐに帰るから」とわがままを言って、テキーラを四杯注文した。二分半ほど立ち飲み屋に滞在して、解散という雰囲気になったが、みんな名残惜しくて、
「牛丼を食べに行こう」という大籠包の提案に乗っかった。

 牛丼が出てくるのを待っている間に、先代は力尽き、テーブルに突っ伏して寝てしまった。俺たちは牛丼を食べ終えると、会計をせずに眠る先代一人を席に置いたまま店を出た。笑いながら走って逃げた。しばらくは、この思い出だけでやっていけるぐらいに楽しかった。

 大きな交差点で、伊東さんは真っ直ぐ、俺と大籠包は右に曲がって別れた。ホテルの前まで戻ったところで、大籠包の携帯に先代から着信があった。

「お前ら、やりやがったな」スピーカーから先代の声が洩れて聞こえてきた。
「おう、楽しかったやろ」大籠包の言葉に、
「おう、楽しかった」と先代は答えた。

「じゃあ、また今夜な」
「おう、また今夜。覚えとけよ」そう言って先代は電話を切った。俺と大籠包は顔を見合わせて腹から笑った。昔は毎日、こんだけ面白かったことを思い出して、笑いながら少し寂しくなった。




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