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バックパッカーズ・ゲストハウス㉚「くるくるくるくる、巻き巻き巻き巻き」

前回のあらすじ:ボロい機体で撮った証明写真を片手に、新宿のオフィス街にあるレストランへバイトの面接へ行き、見事採用された。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 せっかく遠距離をしているのだから、手紙を書こうと思い、帰りに文房具屋に寄った。ウォルトと彼の兄貴のロイについて書かれた本を読んで以来、ディズニーにハマっていたので便せんの隅にミッキーの手とかケツが描かたレターセットを選んだ。封をする糊といまさら証明写真を切り抜くためのハサミも一緒に買った。自分で見て、これだけ面白い顔に写っているのだから、彼女も見れば笑うだろうと思って一枚送ることにした。

 その足でマクドナルドに入って手紙を書いた。手紙の内容は覚えていないが、当時ごいごいに売りだしていたクオーターパウンダーのセットを頼み、オマケでワールド・ベースボース・クラッシック(WBC)の代表メンバーがプリントされたクリアファイルを貰ったことは覚えている。

 ゲストハウスにまともな洗面台はなく、代わりに、シンクに誰かが買ってきた、CDの裏側みたいな映りかたをする鏡がぶら下げられていた。毎日出勤前に、カミソリを使ってそこでヒゲを剃る余裕は無いと思い、帰る前に、電気屋がバカほどあるのに、セブンイレブンで電動シェーバーを買った。余談だが、当時まだ四国にはセブンイレブンが一件も進出していなかった。五年後の二〇一四年に、それまでローソンのFCをやっていたオーナーが鞍替えして、愛媛にセブンイレブンの一号店が出来た時には、地元のマスコミが取材し、ニュースや新聞に開店の話題が踊った。いくら田舎とはいえ、真っ当な感覚を持つ一般地元民はわざわざ報道することに引いていた。

 ゲストハウスに戻り、彼女と電話して、シェイバーと一緒に買ったひねり揚げとスイスロールを晩飯代わりに食べ、前日と同じように住人と話しをして、夜が更けていった。スイスロールはデカくて、今どき売られているものと違い、食べやすいサイズにカットされていなかったので丸かじりにした。それが良かったので、この日以降、ゲストハウスの食事ではコンビーフライスと、セブンイレブンのひねり揚げと丸かじりスイスロールセットをローテションで食った。

 役者志望で劇団に所属しているという小柄な女が更衣室に案内してくれた。かなり大きな企業が経営母体のレストランは、私が今まで転々としてきた田舎の職場とは違い、制服を個人で管理する必要が無かった。棚に置かれているシャツとスラックスの中から自分のサイズを見繕って使い、帰りは大きなカートの中に放り込めば良かった。そうすれば業者が回収に来て、クリーニングしたヤツを棚に補充して帰ってくれるそうだ。小さなことだが凄いなと思った。

 私が着替えを済ませると、更衣室の外で待っていた女はサロンの巻き方を教えてくれた。垂れ下がった二本の長い紐を、「くるくるくるくる、巻き巻き巻き巻き」と言いながら実演してくれた。さっき会った人間に対して、そういう接し方が出来る役者志望のコミュニケーション能力の高さに対しても、凄いなと思った。ついでにいうと、銀行のカードを機械に通すと、それがタイムカードになるのも凄いなと思った。なにがしたいとか、なにが見たいとか、そんな目的がある分けではなく、ただなんとなく旅している私にとっては、そういうどうでもいい凄いことが良かった。

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