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ホームレスと泥棒

 オレは難波と天王寺の間に住んでいて、どちらの駅へも一・五キロぐらいの距離。普段は坂道が無いぶん近く感じるので難波に出かけることが多い。四月九日金曜の昼間はなんとなくの気まぐれで天王寺に買い物へ行った。要る物は封筒とかクリップ、金を数えるときにあると便利な指に塗る滑り止めなど、つまらない事務用品ばかりだった。

 出たついでに新世界の回転寿司で昼飯を食べた。十一時台に入り、十二時過ぎまでは店にいたが、そのあいだ四、五卓しか客が入っていなかった。新世界のような観光客を当て込んで商売をしていた場所は、ここ一年いつ見ても人がいなくて、それだけしか入っていなくても、周りの店よりはマシなように思えた。

 昼食を済ませたあと、せっかくなので、五〇〇円払って動物園の中を通って新世界から天王寺方面へ抜けた。動物園もスカスカで、このご時世にこういった施設へ行くのは非国民のような気がした。遠足かなんかで来ている幼稚園児の団体を見かけたが、マスクをしているせいか、あまり騒がしくはなかった。
 飼育員が金網越しに見せてくれた。四日前に生れたというペンギンの赤ちゃんは灰色の短い毛に覆われていて、可愛くなかった。

 動物園を天王寺方面に出ると、「てんしば」という美観整備された広場がある。てんしばには新世界や動物園の静かさと対照的に人が沢山いた。制服を着た学生のグループが多くて、Tik Tokでも撮っているのか、スマホに向って踊りともいえない変な動きをかましている姿がアッチコッチで目に付いた。子供を遊ばせる若いお母さんの姿も多かった。日なたぼっこする年寄りも、酒を飲む団体もいて、みんな春の日差しを楽しんでいるようだった。

 ショッピングモールの中にある一〇〇均は混んでいて、通路は狭かった。レジの前だけは行儀良くみんなソーシャルディスタンスを保っていた。一〇〇均で買えなかったものを文房具屋で揃えて帰った。

 晩は急遽代理で休日出勤をした。いつもは明け方まで働くが、日付が変わる頃にオレの代わりになる人間が来てくれて帰れることになった。自転車で道頓堀を抜け、難波の駅前を通って帰った。閉まっている店は多いが、それでも探さなくても見つかるほどには開いている飲食店はあり、閉めているところが多いぶん、開いている店には人が入っているように見えた。とにかくミナミでは深夜に飯を食うにも酒を飲むにも困ることはない。

 難波の駅前では、「リヤカーで日本一周」というのぼりを掲げた男がいて、ギターを弾いていた。リヤカーに板を被せて、それをテーブル代わりに大勢と言ってよい人間がなにかを飲んでいた。簡易的な立ち飲み屋のようだった。
 正直、自粛要請や緊急事態宣言を出したところで、もうこの街の人に大した効き目はない。オレだって今までと変わらないように働く人間の一人だ。「自分自身の生活や、職場の人間の生活を考えるとしょうがない」なんていうのは綺麗事で、四十目前の人間が自分の意思で休むか働くか決める土壌はない。会社の決めた方針に従うまでだ。

 もっと強く止めてくれと思う気持ちもどこかにある。ロックダウンとか。

 でもそれはたぶん無理で、今までの自粛要請や緊急事態宣言が多くの組織、個人にボディーブローのように効いていて、次大きな一撃をもらうと、倒れるところがバタバタと出てくる。そうなると大阪はホームレスと泥棒だらけになる。すでにどちらも多い土地であるには変わらないけど。――余力がある状態でかまさないとダメなんだ。

 帰りにタバコと一緒に買った、泡が出るという缶ビールを飲みながらそんなことを考えた。ビールのすっかりめくれてしまう上蓋が、カップの焼酎を連想させて気に入らなかった。アルコールはなんでも瓶の方がいい。

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