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架空旅行記A#8

韓国は弘大。
そこにあるライブハウスBENDER。
薄暗いステージ横の控え室にて
私はそわそわしていた。

もうすぐ出番なのだ。
私の前のバンドが
歓声と共に演奏を終え
楽屋に戻ってくる。

おつかれさまでしたー!
がんばってくださいー!

緊張感が高まってゆき
冷や汗がじわっと出てくる。

クラシックギターを持ち
ステージへと上がり、
椅子やケーブルをセッティングして
確認の為に音を出す。
ポローン。
あれ?いつもと全然音が違う…
よく見ると右手の爪が
全て綺麗に切られている。
え…!まじで?
まずいぞ…。これでは弾けない…。

おーい!早く演れよー!
パリパリー!いつまで待たせんだー!
金返せー!最悪ー!

次々と野次が飛んでくる。
うおお、ど、どうしよう。
やるしかないか…。

拙い音でイントロを弾き
息をはっと吸込み歌い始めるが
声が聞こえない…。
え?と思い目を開けて
よく見てみると
薄暗くてよくわからなかったが
マイクスタンドのマイクがあるべき場所に
チーカマが刺さっていた。

おい!聞こえねーぞ!!
ちゃんとやれー!
ペットボトルや缶ビールが飛んでくる。
控え室からは怒声が聞こえ
先程のバンドのメンバー2人が
揉み合いながらステージ袖へと
なだれ込んできた。

…もう駄目だ…。
ギターを置いて逃げ出そうと
駆け出した時、
ケーブルに足が引っかかり
思いっきり転んでしまった!
うわぁぁ!

どんっ……。
痛い…。
私はベッドから転がり落ちていた。

夢か…。
しかしひどい夢だったな…。
はあ。
しかもひどく寝汗をかいていて
体が冷えている。

立ち上がり頭をボリボリと掻く。
なんだ、爪はしっかりあるじゃないか…。
良かった。
ぼやけた頭で浴室へと行き
シャワーを浴びる事にした。

蛇口を捻りジャーっとお湯が出てくる。
ああ、あったかい…。
あ、でもこのままだと浴室が水浸しになるな。
そう思い浴槽にしゃがみ込み
小さくなってシャワーを浴びる。
なんとも情けない格好だが
まあ仕方ない。

バスタオルで全身を拭き
服を着る。
全て昨日買ったものだ。
真新しい服は何だか気分がいい。

昨夜の残骸の容器をまとめてゴミ箱に入れ
空き缶も潰して共に入れる。
結局マッコリまで辿り着かなかったな。
まあ、今晩飲むとしよう。

やはり目覚めにはあたたかいコーヒーが飲みたいものだが、これも持ってくるのを忘れてしまった。はぁ、夢といい散々だな。
買いに行くのも面倒だ。

仕方がないので備え付けのケトルで
お湯を沸かし白湯を飲むことにした。
なんとも味気ないが
あたたかいだけでも有難いものだ。

スリッパを履き非常階段へと向かう。
ドアをガチャッと開け煙草に火をつける。
窓からは陽が差し込んでいてとても良い天気だ。
部屋は二重窓になっていて
外窓の方に何故か色がついているので
外の様子が全くわからないのだ。

さて、今日はどうしたもんか。
夢にも見た事だし、弘大にでも行ってみるか。
そう思い携帯を取り出し
友人に連絡をしてみる。

韓国にきましたよ。今日は弘大に行くつもりですよっと。送信。

部屋に戻り歯を磨いていたら
返信が来た。いつも返事が早い。
本当に律儀な男だ。素晴らしい。

ヒョン!ようこそ!今日は夜には体が空くのでご飯食べましょう!何がいいですか?

いやはや、有難い。
今日は美味しいものにありつけそうだぞ。
何がいいかなー?サムギョプサルかなー?
まあ、移動しながら考えるか。

靴を履き、空にしたバックパックを背負い
ホテルを出た。
大通りを歩きながら
ふと南大門市場へ行ってみようかな?
と思いついた。
この通りを真っ直ぐ隣の駅まで歩けば着くし
なんとなくあの街の雰囲気が好きなのだ。

少し歩くと新世界百貨店が見えてきて
その間を潜り抜ければもう南大門だ。
非常に近いのである。

南大門は路地という路地に
小さな商店が所狭しとたくさんあり
道の真ん中にも洋服を売る商店が出ていたり
とても古き良き韓国らしい空気がある。

良いなぁと色々眺めながら歩いていると
やはり偽物屋さんなどはよく声を掛けてはくるが
なんとなく会釈だけしてすり抜ける。
迷路のように狭く入り組んだ先の
階段を上がると子供服の問屋が集まった建物がいくつもあるブロックに出た。

特に買いたいものもないので
その雰囲気をパシャパシャと携帯で撮りながら
さまよっていると少し人集りのある
見覚えのある場所へと出た。

お、ちょうどいい。
今は昼過ぎだ。
お腹は空いている。
ここはカルグクスとビビンバの店だ。

以前来た時は
ハードな2日酔いだったこともあり
目的の店の手前の客引きオモニに捕まって
辿り着けなかったのだ。
今日こそはそこに行きたい。
同じような店がいくつか集まった
小さな建物で、入り口も狭いので
さっと入ってしまわないと
また捕まってしまう恐れがある。

さぁ、気合いを入れて行こうではないか!

手作り風の木枠のビニール張り扉を開け
目を合わせないように下を向き足早に抜ける。
オモニが何か言ったような気がしたが
聞こえなかったということにしよう!

目的の店の前に辿り着き、
私は勢いよく顔を上げる。

ん?あれ?満席だな…。
聞くとやはり満席とのこと。
しかもよく見ると待ってる人も何人かいる。
ぐぬぬぬ!
そうか…、仕方ない。
また手前の店でいいか…。

少しがっかりしながら手前のオモニに聞くと
こちらも満席…。しかもこちらも数人の待ちがあると…。え…まじか…。

もしかしてそれを伝える為に
何か言ってたのかな…?
うおおー!めちゃくちゃ恥ずかしい!!
耳がジンジンと熱くなってくる。

居ても立っても居られず
会釈をして店を駆け出し
そのまま走って大通りを渡り
なんとなく目の前にあった
バーガーキングへと逃げ込んだ。

はぁ、はぁ、はぁ。
もう、だめだ…。恥ずかしすぎる。
とりあえずここで落ち着こう。
話はそれからだ。

大きなタッチパネル式の券売機で
プルコギワッパーのセットを注文する。
これも日本では食べれないから
まあ、いいだろう。

チケットを取り席へと向かう。
席はそこそこ空いている。

程なくして番号が呼ばれ取りに行く。
席へと戻りコーラをひと口。
いやー…ミスったな。
もう暫くあの店には行けんな…。

包みを開けガブリと齧りつく。
プルコギの甘味が
私の羞恥心を
優しく包み込んでくれた。

ような気がした。

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