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架空旅行記A#13

グツグツと煮え立つ鉄鍋。
白濁とした鶏のスープ。
薬膳がたくさん浮かんでいて
匂いがすでに美味しい。

広々とした店内右手の小上がり。
座敷席に我々六人は
胡座をかいて座っている。
友人はやはり常連な様子で
親しげに挨拶をしてから
六人分の参鶏湯を注文した。

程なくしておかずの皿が
たくさんやってくる。
キムチやカクテキ、
ニンニクや青唐辛子などだ。
Gが全員分の水を注ぎ
ひと口飲んで各々ため息をつく。
全員が全員
美しいほど完璧に
二日酔いだ。

だが、煮え立つ鉄鍋をじっと眺めながら
私の心は小さく踊っていた。
昨日、目の前でおあずけをくらって
その後もずっと頭から離れずに
夢にまで見た参鶏湯が
今、目の前にあるのだ。
これほど感動的なことは
他にはなかなかない。

いただきます
と手を合わせ
スプーンを掴みひと口スープを口へと運ぶ。
熱々のスープがゆっくりと
口から喉を伝い胃に落ちてゆく。
ああ…最高だ。
疲れ切った内臓が
じんわりとあたたまってゆくのを感じる。

箸とスプーンで身をほぐし
胸肉のあたりを掴み
塩を少しつけて食べる。
うわぁ、美味い。
噛めば噛むほど鶏の旨味がジワッと出てくる。
そこへさらにスープをひと口。
これは堪らない。
私の頭の中で
カチッとスイッチが入った音が
はっきりと聞こえた。
さぁ、食うぞ!

白菜のキムチを口に入れ
スープを飲む。
やはり韓国のキムチは一味違う。
さっぱりとしているのに
味がとても濃厚だ。
辛みとパンチも絶妙で
火がついた食欲に
油を注いでくれる。

鶏、スープ、米、
鶏、米、薬膳、スープ
無心で次々と口に運んでいく。
美味い、美味すぎるぞ。
薬膳や鶏の栄養のおかげか
どんどん体が元気になっていく。

途中、青唐辛子を手で掴み
味噌のようなものをつけて
かぶりと齧りつく。
すると何故だか皆手を止めて
私に注目し始める。
ん?どういうことだ?

じわじわと口の中に
突き刺すような辛さが広がってきて
もうめちゃくちゃ辛い!
むしろ口が痛い!
「うわっ!辛っ!いや、痛っ!辛っ!」

あははははは!
顔を赤くして水を飲む私を見て
皆一斉に笑い出した。

「あはは!ヒョン、大丈夫ですか?今、水はとてもデンジャラスですよ!あはは!」

確かに、冷たいだけで口は痛い。
仕方がないのでスープを飲み、肉を食べる。
しかしこの一連の流れも
なんだか堪らない。
さっきとは違う旨味がまたやってくる。

「でもみんなよく平気な顔して食べるよね。辛くないの?」

辛がるのを見越して皆手を止め
待ち構えていたのだ。
その前には皆、罠を仕掛けるように
同じようなタイミングで青唐辛子を食べていた。
こりゃいっぱい食わされたな、
とも思ったが、純粋に
何故みんな平気な顔して食えるのか
気になったのだ。

「もちろん辛いですけどね、慣れてるんですよ。
僕らは韓国人なんでね!あはは!」

Vがそう言って笑った。
なるほど、慣れなのか。
そりゃ小さな頃から毎日のように
辛いもの食べてたら、慣れるか。
私は妙に納得してしまった。
想像はしていた答えだったが
さらっと言われた事が
なんだかとても腑に落ちたのだ。

ゆっくりと会話をしながらも
黙々と食べ進め、
底に残った米やスープがすくいにくくなってきたので、下の受け皿の端に鉄鍋の奥側を斜めになるように置き直し綺麗に食べきった。
ふぅ、実に最高でした。
手を合わせ、ごちそうさまでした。

「ヒョン、食べ方がプロフェッショナルですね。韓国人みたいでしたよ!」
とGが言ってきたので、

「まあ日本人なんだけどね、韓国ドラマという先生が居て本当に良かったよ。」

と返したら皆手を叩き爆笑していた。
思いの外ウケたことに逆に恥ずかしくなってしまい、なんだか苦笑いしてしまった。

「さ、お腹も満たされたことだし、行きましょうか!」
皆口々にごちそうさまでした!
と言って席を立つ。
友人がトイレに行ったタイミングで
支払いを済ませていたようだ。
こりゃまたいっぱい食わされたな。

「ありがとう、いつもごめんね!ごちそうさま!」

「いいんですよ、私はヒョンの韓国のマネージャーなので当然です!あはは!とりあえず一旦帰って、また夜にでも会いましょう!連絡します!」

そう言って友人は帰っていった。
私はバンドのメンバー一人一人と抱き合い
再会を約束して駅とは反対方向へと歩き出した。
なんとなく散歩でもしたい気分だったのだ。

少し歩き人通りの少ない路地へと入り
煙草に火をつける。
美味いものを食べた後の一服は
これまたいつもと違って格別だ。
実に素晴らしい。
ふぅ。
さて、どこに行こうかな?
当て所もなく歩くのもまたいいだろう。
旅に出るといつも何かしら
目的ややりたい事がある。
こんな機会じゃないと
逆に難しいだろうな。

いいね、そうしようか。
よし、行くか。

携帯灰皿に煙草を捨て
路地を歩き出した時に
私はライブハウスに帽子を
忘れてしまっていることに気がついた。

でもそんなこと
どうでもよかった。
それくらい私の心は
何故だか晴れやかだった。

追記

昨日、元日に能登半島で大震災がありました。
被害に遭われた方々のご冥福をお祈りすると共に、一刻も早い復興を願います。
被災された方々もどうかご無事で。
兎に角、今は命を最優先に。
よろしくお願いします。
また是非お会いしましょう。

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