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ドストエフスキー『賭博者』レビュー・読書感想文

ドストエフスキー『賭博者』を読了しました。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』に比べるとマイナーだからか、ネット上であまり解説や感想文を見かけませんね…。

有名作品は超長編ですが、『賭博者』は文庫本1冊で読みやすい長編小説です。しかもドストエフスキーの内面が主人公にかなり投影されているので、ドストエフスキー初心者さんにもおすすめです。本人と言っても良いのでは…と思うほど、主人公と作家の性格には共通点が多い。

では、あらすじをまとめてから、評価と感想をお伝えしていきますね。読書を楽しむ上で致命的なネタバレは避けますが、どうしても内容には触れるので、ここから先はネタバレありです。

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あらすじ

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ドイツの架空の都市『ルーレッテンブルク』にて、物語は進行する。この街には、ルーレットに興じるギャンブラーたちが集う。

登場するのは、借金まみれの将軍、債権者であるデ・グリュー、金持ちの男と付き合いたいマドモワゼル・ブランシュなど。

資産家のおばあさまが亡くなって、将軍に莫大な遺産が転がり込むのをみんな期待していたが、おばあさまがルーレッテンブルクに突然姿を現して…?

本の評価:★★★☆☆

ストーリーの面白さ:★★★★☆
キャラクターの魅力:★★☆☆☆
作品のメッセージ性:★★★☆☆
文章の易しさ:★★★★★
読了にかかった時間:約12時間

全体的にエンタメ感たっぷりの小説で、ハラハラしながら楽しく読める作品です。人生の教訓を学ぶというより、ストーリーに引き込まれるタイプでした。そして亀山さんによる翻訳は読みやすい。

面白かったポイント

まず、『賭博者』の面白かったポイントを3つ紹介します。お金に振り回される人々の話なので、人間の汚い面をコミカルに描いていて楽しかったです。

1. お金に翻弄される人々の描写

ギャンブル遺産相続借金の債務など、話の鍵を握るのはお金です。お金に翻弄される人々の描写がとても面白かったです。

しかも、かなり単純なのが良いです。将軍は多額の借金返済のために、おばあさんが亡くなることを期待している。おばあさんは一度の勝利に酔って最終的にはルーレットで大敗する。マドモワゼル・ブランシュは、そのときそのときで一番お金を持っている男にすり寄る。

どのキャラクターも人間の汚い部分だけを取り出して煮詰めた汚泥のような汚さではありますが、お金しか行動原理が無いので、逆にスッキリして読みやすい物語でした。ここに「ギャンブルは悪だ!」と割って入る善人がいたら、無駄に複雑になっていたと思うので、突き抜けた「醜悪さ」が気持ち良いくらいだった。

ドストエフスキーの作品は長い・難しい・読みにくいといったイメージがあると思うんです。でも『賭博者』はお金に群がる人々がシンプルに描かれており、とても分かりやすいストーリー。ドストエフスキーに対して苦手意識があって、克服したい人におすすめしたい一冊です。

2. ギャンブルのリアルな描写

ドストエフスキー自身がギャンブル中毒だったこともあってか、ルーレットにのめり込む人の描写はすっきりリアルに描かれています。過剰に読者の心情を煽ることもなく、いくら勝った、いくら負けたと淡々とつづられます。

もしかしたら、もうちょっとジェットコースター風の描写をした方が大衆小説っぽくて読みやすいのかも…?とは思うのですが、手練れのギャンブラーは案外こんなもんなのかもしれません。

かく言う私も先日、あるギャンブルで大勝ちしましてね…意外と冷静に、勝った瞬間には次の賭け金を計算しているものですよ。

そのような意味で、ドストエフスキーの描写は「ギャンブルやってる人間の書き方だな」と感じました。なんか上から目線な言い方になってしまいましたが、すごくリアル!ってことです。

しかし人間の醜悪な部分に焦点を当ててた作品ですが、こういう破滅の仕方は現実にもあり得るんですよね…。

3. ロシア的な金銭感覚

亀山郁夫さんの翻訳で読みまして、本書には読書ガイドがついていました。当時の時代背景や『賭博者』を書く経緯などが分かるので、これを読むとストーリーを深く理解できます!

読書ガイドの中で特に面白かったのが、ロシア、フランス、イギリスの金銭感覚です。それぞれの登場人物のお金に対する価値観は、各国の国民性を象徴していたのですね。

特にロシア的な金銭感覚の解説が興味深かったです。二重引用で申し訳ないですが、本書の読書ガイドから、ワシーリー・ローザノフのエッセーの一部を引用します。

ロシアにおいてすべての財産は、『せがんで手に入れる』か、『贈与された』もの、ないしは、だれかから『略奪した』ものから成長した。財産において、労働は、ほとんど介在しない。だからこそ財産は脆弱であり、大切にされないのだ

この感覚に基づけば、ギャンブルで大金を賭けて失っても、私が思ったより登場人物が落胆していないのも頷けます。日本は真面目に労働して得られたお金を超絶大切にする国民性だから、ロシアとはかなり違うな、と。その国に根付く感覚の違いを知れるのも、海外文学の面白さです。

同時に、もしこの物語に日本人がいたら…と考えてしまいました。日本人は真面目に労働するし貯金が好きなのですが、反面、ギャンブルも大好きな国民性(宝くじとか国民的なイベントになってる)でもあります。でもお金を失うことに異常なほど大きな恐怖もある。一度レールを踏み外したら、二度と戻れない厳しい社会が出来上がっているからです。

もし日本人が『賭博者』の主人公だったら、アレクセイよりも歓喜と絶望のコントラストが大きくなってエンタメ性が増していたのではないか、なんてことも考えました。

微妙だったポイント

一方で、微妙だったポイント…というか、私にはよく分からなかったところもあります。こちらも3つ挙げていきますね。

1. 思ったより賭博者が少なかった

あらすじも何も知らずにジャケ借りしたので、タイトルの『賭博者』の印象から、登場人物全員がギャンブルで阿鼻叫喚する狂ったストーリーなのかと思ってました。ライアーゲームの賭けバージョンみたいな感じで、騙し合いでも始まるのかと。

ところが、思っていたより賭博者が少なかったんですよね。ルーレットをやる描写があるのは、おばあさんと主人公のアレクセイだけ(だったと思う)。他の登場人物もカジノにはいましたが、がっつりハマってる描写は無かったです。

ただ単に私が想像したストーリーと違った…というだけなんですけど、2人しか賭博者が出てこないのに『賭博者』って命名します!?とちょっと腑に落ちないのでした。2人というか、主人公アレクセイのことを指していて、本書は彼の自伝的な小説なので問題ないのだろうけど…。

2. 主人公のマゾヒズム

最も共感できなかったのが、主人公アレクセイのマゾヒズムです。恋するポリーナの命令なら何でも聞き入れ、自ら「奴隷であるのが幸せ」とまで言うのですが、これは共感できなかったな…。

さらに、ポリーナに嫌われた後はマドモワゼル・ブランシュのATMになります。「あなた私のATMにならない?」とハッキリ言われてノコノコついて行くんです(意訳)。

ドストエフスキー自身がマゾだから、主人公に投影されているのだと思いますが、ちょっと私の理解の遥か上空を行く設定でした。かといって、サド側のポリーナやマドモワゼル・ブランシュにも共感できず…。

「飴と鞭」なら共感できるんです、そうやって男を手玉に取る女性もいますし。ただ、本作に登場する女性の振舞いは「鞭と鞭」のように感じられ、飴が無いのに従うアレクセイの気持ちを全く想像できませんでした。

これの何が問題かと言うと、主人公が「ポリーナのために!」と奮起する場面で心を揺さぶられなかったんですよね…。主人公が熱く盛り上がっている場面で、読み手の私は冷めていたんです。登場人物の心情を理解できれば、より楽しめたのだろうと思います。

3. 登場人物が最初から狂ってる

主人公のマゾヒズムもですが、他の登場人物も最初から狂っており、ギャンブル前後の落差があまり感じられなかったのも微妙でした。ギャンブルによって狂気の方向性が変わっただけで、最初から狂ってたよな、と思うのです。

例えば、将軍は最初からおばあさんが亡くなって遺産が転がり込むのを当てにしているだけでした。おばあさんがやってきてルーレットで散財すると焦りは大きくなっていくのですが、狂気の方向性が変わっただけかな、と。最初から莫大な借金を抱えてどうしようもなくなっていたので、ギャンブルによって苦しみが増したようには思えなかったです。

ポリーナも同様で、アレクセイへの酷い命令など最初から狂ってました。物語が進むにつれて、別の人に愛情を持ったりアレクセイと別れたりしますが、むしろ序盤の方が酷さが際立っていたような…?

おばあさんやアレクセイのギャンブルが物語のターニングポイントになるのですが、それによって状況が悪くなったのかは微妙でした。序盤から危うい人間関係だったので、遅かれ早かれ崩壊することは目に見えており…ギャンブルが無くても崩壊してたよね、と思ってしまいました。

ドストエフスキー『賭博者』まとめ

ドストエフスキーの『賭博者』は、ギャンブルによって人間関係が崩壊していく様を描いた長編小説です。

残念ながら、私にはその人間関係の初期設定や崩壊の描写の的確さは理解できませんでした。しかしお金に群がる人々の醜悪さは、幾分の誇張はあるけれど、真実だなぁと思う部分もたくさんありました。

たぶん『賭博者』は、「この本から教訓を得ましょう」という類の本ではないです。教訓を得るとすれば、「ギャンブルで勝って調子に乗ったり、負けを取り戻そうとしたりしてはいけません」くらいの当たり前のことです。

よって、ギャンブルに飲まれて堕ちて行く人をコミカルに描いた作品、と思って読むのが良い気がします。ドストエフスキーは硬派なイメージですが、『賭博者』はエンタメ系で読みやすかったです!ドストエフスキー初心者も読みやすいと思います。


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