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人生は暇つぶし?

2022年 7月14日 午前12時33分

「kojikoji」の歌を聴きながら明日のテストは余裕だと安心しているところです。

なぜ、noteを書いているのか、いろんな理由がありますが、。

最近思うことがあります。

人生は暇つぶしでその暇を楽しませてくれる一つの手段として書いているのではないかと思います。

大谷翔平だって野球で人生暇つぶししています。

100年後にも歴史に名前を刻むか、刻まないかは別としてみんな暇つぶしのためにいろんなことに挑戦して少しでも暇な時間がないように充実を願います。

少しの苦楽を繰り返して日常は流れていきます。

ときには、大きな苦楽が来ることもあります。

世の中の正解は常に変わります。すごい人の基準もその時代によって変化します。

そんな暇つぶしの人生でも一貫して人間として大切にしなければならないもの、ずっと前の時代から変わらないものには価値があると思うのです。

僕は人生を考えるとき、未来を見ます。

でも、

僕のおじいちゃんは、過去を見ます。

そうやって暇つぶしは繰り返されます。

未来を考える今は、なんだってできます。たくさん勉強して医者にもなれるし、小説家にも、お笑い芸人にもなることはできます。

でも、過去を振り返る時、どんな気持ちなのかなと最近、考えます。

おじいちゃんと電話している時、「おいにはもう未来はなかけん」とよく言います。

過去を振り返ることがよくあるのでしょうか。どうやって過去を振り返るのか、自分の記憶だけを頼りにしているのか。

僕は、自分が歳をとった時に、過去を振り返る材料が欲しくてnoteを書こうかなと思いました。

そんな意味合いで文章を書くと、とってもエモいかもしれないと思いました。

エモいって言葉で片付けると、繊細さがなくなるのでもっとふさわしい言葉があると思うのですが、エモいが便利すぎてこの言葉を使わせてください。

若いときは、暇つぶしの材料集めを。

老いれば、暇をつぶせる引き出し探しを。

それでは、生涯現役で!

また!

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