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最高の部下になる鬼3か条。

前談

コロナで世の中が騒がしい中、前職の先輩からの突然の一本の電話。

会社戻ってこない?

なんて言われるのかなw?なんて思っていた自分が、本当につまらなく感じたし、どこかでありそうなつまらない冗談にしては、先輩の声はマジだった。今でもあの電話は思い出したくないし、今でもその時に言われたことは信じきれてない。

今から6年前。

私がHRBPをしていた2000人の事業部署が子会社化。私が人事に異動になって3年目。子会社立ち上げという魅力的だがハードな仕事の一部を任された20代最後の歳。

今日からあなたがトレーナーね。

そう言われて紹介されたのは、子会社入社一年目の、ヒョロッとした背丈に、誰が見てもパッとしない、黒縁眼鏡の冴えない若僧22歳。

コンサルを目指していた子会社の若僧が、突然親会社の人事へ異動となり、彼自身もテンション低め。

こんなやつで大丈夫?仕事できなさそう。。

心の中で呟いた。

一年後、本人にもそのときの印象を伝えて皆んなで笑いが起きるほど、マジでできなさそうな奴だった。

結論から言うと、
「最高の部下になる鬼3か条」というのは彼が私に対してやってきた3つのことを表現したものであり、弟以上の存在かつバディとして6年共に過ごしてくれた彼への餞として、私にとって最高の彼との思い出を残そうと思う。


最高の部下になる鬼3か条

①鬼内省力

②鬼報連相

③鬼できない一面


本編

①鬼内省力

言葉の通り、鬼のような内省力が彼の1番の特徴だった。

Plan→Do→Check→Actionという言葉はよくやりとりされる言葉だが、彼の内省力はDoでミスしたときの、Check→Actionがずば抜けていた。

1 怒られたら素直に受け入れ言い訳をしない
2 同じ失敗は繰り返さない
3 失敗の次は期待値以上の成果を魅せる
4 あなたの指導のおかげでここまでできました感を上司や先輩に見せる

私は6年間で何度もこの1〜4を魅せつけられた。ヘナチョコだった1年目が嘘のように、彼の成長速度は凄まじく、5年後は2000人規模の会社で、役員クラス半数(50歳代の重鎮たち)に名前を覚えられるレベルにまで成長した。

1は、彼がこれまでの人生で学んできたのか?親の教えなのか?

2は、彼なりの信念なのか?ただ怒られたくなかったのか?

3は、果てしない努力家であり、自分への妥協を許さない強い一面を感じさせた。

4は、上司の心を揺さぶる天性の素質。末っ子だから?


ちなみに私の彼に対する教育は、パワハラだった。

彼はよく言っていた。

僕って褒められて伸びるタイプなんですよね!

バリバリ体育会系&ヤンキー・ホスト社会&営業組織でしごかれてた自分にとってこの言葉は、死語。

人は恐怖を感じてこそ、追い詰められてこそ伸びる。

という現代に合わない教育スタイルで、
29歳の私は、そんな発言を平気でする22歳の舎弟に、怒鳴ったり、椅子を蹴り飛ばしたり、帰らせたり、当時は結構酷かった。

ただ、これは自分なりの愛であり、飴と鞭の鞭側であり、飴は飴でちゃんと与えている、と周囲の引いた顔をよそ目に、自分の中では正当化していた。

ただ後にも先にも、怒られたあとの、3(期待値以上の成果)と4(あなたの指導のおかげ感)については、彼より高いパフォーマンスをあげる部下に出会ったことがない。これは彼の99%の努力と1%の才能だと思う。

たくさん怒って泣かせてゴメンよ。


②鬼報連相

彼はとにかく報連相がしっかりしていた。

基本若い世代は報連相が苦手。
私は新卒研修で講師も頻繁にやるが、例外なく報連相はみんな苦手で、何回伝えても報連相を忘れる。

かくいう私も、若い頃はトラブルまで上司に伝えなかったことはザラにあるし、トラブっても自分で解決しようと、焼け焦げるまで言わず、最終的に何百万の損害を出し、顧客に本部長も引き連れて謝罪したこともあるくらい苦手。

そしていまでも報連相は苦手。適切なタイミングと量がよく分からない。

それに対して彼は、考えてたのか、考えてないのか、適切なタイミングとか無視で、とにかく報連相の量が多かった。

席が近い時は、やたら報連相してくるし、席が離れても、やたら報連相してくる。

※大声で報連相したり、私の席までやってきて報連相したり、チャットやメールで報連相したり。


これは報連相される側はよくわかるが、されないより、ウザいくらい報連相された方が100倍嬉しい。

でもその当時はしつこ過ぎてウザかった。


一方で、信頼という言葉が彼に対して目覚めたのも覚えている。

彼になら任せても大丈夫。
何があっても些細なことでも報告してくれるので。

彼に任せたことで、
当初立てたKPIが予実通りか、自分でプレイングしてるかのように、細かく週次、いや日次で予実対比が見えるようになった。

結果、自分から数値を聞きにいく手間も省け、次から次へ重責の高い仕事を任せていくことができた。


忙しい時に、報連相されて、顔を見ずにキーボード打ちながら「分かった」と会釈してゴメンよ。


③鬼できない一面

①②と反するが③が彼の妙な持ち味だった。
彼は決して完璧ではなかった。

①は『成長』、②は『信頼』を生み出すファクターであり、仕事がデキる部下になるには本質的に十分な要素だが、③のこの「鬼できない一面」は、彼が誰からも好かれる可愛らしさ『愛』を生み出していた。

ちなみに何ができなかったかというと、著しくセンスがない、ということ。

中央大学法学部現役合格しているだけに頭は良かったのだが、文書に囲まれ過ぎたのか、PPT資料の構成やグラフの色合いのセンスや、ホームページづくりのセンス、忘年会の居酒屋選定、景品のセンスなどなど、全てが突っ込みたくなるほどセンスなく、全てがダサかった。※でもなぜか服装だけはセンスある。イケメン風。

ただこのセンスないネタは、後輩からもイジられてしまうほどで、嫌味のない誰からも好かれるキャラクターが定着した要因でもある。(本人は後輩にイジられてムスッとしてたがw)


とまあ、
自分が人事としての全てを教え込んだ唯一の後輩であり、彼との6年はこの分量では収まらないが、今改めて彼と仕事できたことは、自分の財産であり、子会社で採用・組織開発・人材開発・制度を立ち上げたのは彼なくしてはあり得なかったこと。

タイトル上は、「最高の部下」とつけたが、本当は「最高の弟仲間」とつけたかった。オトナの事情で、部下としたけど。


昨年4月に結婚、
今年2月に第一子誕生、
4月にリーダー職に昇格。

「落ち着いたら飲みに行きましょう!」

と、飲むのが好きじゃないくせに、ありきたりな誘い文句で、結局飲みに行くことはできなかった。


享年29歳(たぶん)

初めて私が彼に会った年齢と同じ。


5月中旬だったかな。
緊急自体宣言の中、コロナとは全く関係ない、睡眠中呼吸停止という、100万人に1人の確率。予兆は一切なし。前日も21時まで頑張って仕事してたらしい。


このnoteを書きながら、思い出を綴ってたら、皮肉なことに、自分の中で彼がいなくなったことへの現実味が出てきた。


この鬼3箇条は彼の生き様であり、自分の中では鉄の法則。これから私の仲間になる子たちに語り継いでいきたい。


そしてそれを違う世界から喜んでくれてたら嬉しいな。お前承認欲求高めじゃったもんなw

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