本当の自分。偽りの自分。どれが本物かどうかなんて。分からない。【彫】
ニセモノだったボクが、一瞬だけ、ホンモノになった。
自分とはなんだろう。
誰しもが、一度は考えたことがあるのではないだろうか。
もし、考えたことがないのなら、この文章を読んでも『何を言っているんだ、コイツは』となってしまうだろう。
自分とは、その人自身。
自分らしさとか、個性とか、チャームポイントとか、色々な言葉によって表現される。
『らしさ』とはなんだろう。
誰かをうらやむボクは、自分らしいのか
誰かを妬みボクは、自分らしいのか
誰かになりたいと思ってしまうボクは、自分らしいのか
本当の自分が、分からなくなる。
色々な仮面と、乾ききった喜怒哀楽を使い分けるボク。
鏡に映るボクの顔は、いつも、ぼやけている。
まるで、モザイクがかかっているように。
そんな、顔無しのボクが、嫌いだ。
ザッザッ。ザッザッ。サクッ。サクッ。
何とも心地良い音だ。
ガリッ!
「やべぇ!力が入り過ぎちまった」
お調子者のケントは、削りすぎてしまったらしい。
「難しいよな。力加減が。手を怪我しないように、慎重に彫っていかなければならないな」
自分探しにハマっているタケルは、とても落ち着いている。
「みなさん。いったん、手を止めて下さい。彫刻刀を持っている人も、机に置いて下さい。これから、10分間の休憩に入ります。しっかりと、休んで、また、作業に戻ること。くれぐれも怪我のないようにお願いしますね」
先生の声がする。
「いやぁ~、木を彫るって楽しいな」
ケントは、額に木片をつけながら、とてもうれしそうな表情だ。
「たしかに、楽しいな。木を彫っていると、なんだか、自分と向き合っている気がするよ」
タケルも、満足げな様子だ。
「どういう意味?」
ボクは、うまく理解できないでいた。
「意味を説明するとなると難しいが、木を彫ることに集中するだろ。」
「うん」
「その彫る力は、握力からくるものだろうか?」
「ちがうの?」
「おそらく、違うと思う。この彫る力は、ワタシたちの心がこもるんだと思う。」
「心が?」
「たとえば、楽しい気持ちで彫れば、それは表情として現れると思うんだ。」
「楽しい気持ちで掘れば?」
「たとえば、そうだな。ケントの彫刻を見てみよう」
ボクらは、ケントの彫刻を見た。
ところどころ、深く削られている部分があって、芸術作品としては程遠い代物だが、たしかに、なんだかイキイキとして見えた。
「ワタシのはどうだろうか。」
ひとつひとつの線が、鮮明で、くっきりと彫られている。かと思えば、急に薄く彫られていて、どこか、迷っているように見える部分もある。
「ワタシは、彫っている時に、全ての側面を、同じように彫ることは出来ない。その時の気持ちや、想いによって、姿かたちは大きく変化すると思うのだよ。」
「うん。そんな風に、ボクも感じるよ。」
「うまく言葉で説明できないが、木を彫ることは、自分を彫っていく作業ではないのではないだろうか」
「なんか、よくは分からないけど、そうかもしれないね。ありがとう。タケル。彫刻っておもしろいね」
「そう。思ってもらえると嬉しいよ。まぁ、ワタシも、彫刻が実際に、どういったものかを、深くは理解していないから、勝手な解釈だけどね。」
そう言って、タケルは、少しはにかんでいた。
『自分を彫る作業か』
ボクを彫り続けたら、何があるのだろうか?
どこまで掘っても、空っぽなのではないだろうか?
どこから掘っても、何も見つからないのではないだろうか?
もし見つかったとしても、それは、ボクの見たくないモノなのではないだろうか。
ボクは、机に置かれている、自分の彫刻に目をやった。
何とも味気なく
何とも滑稽な姿
ボクには、お似合いだ。
『はぁ~』
と大きなため息とともに、ボクは、そいつと向き合う。
すると
「ワタシは。好きだよ。その、どこか気だるそうな彫刻も」
「オレも好きだよ。だって、お前らしいじゃん。その無愛想なところとか。にしても、全然笑ってねぇ~。ガハハハッ」
横で、笑い出すケント。
「ほっとけ」
ボクは、無愛想で、感情が乏しくて、笑顔が下手で、うまく言葉がでなくて、コイツらのことを羨ましく思って、『こいつらみたいになれたらな』なんて思うこんなボク。
そんなボクを、軽々しく『好き』なんて言うんだコイツらは。
そんなボクに、『好き』と言ってくれるんだ、コイツらは。
ボクは、椅子の横に置いてある彫刻刀を手に握りしめ、改めて、そいつと向き合った。
サクッ。
教室を優しく包んだその響きは、どこか温かくて、どこか心地良くて、どこか、ホンモノの音色のように、ボクの心にも響いていた。
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