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”私自身”について

はじめまして!記事を開いていただきありがとうございます。
今回初投稿となる記事は”私自身”下田雄太について紹介したいと思います。

現在20歳の私はワーキングホリデーVISAを利用しオーストラリア🇦🇺で生活しています。
元々は日本の大学を1年休学しその後復学する予定でしたが、こっちに来て1年も経たない期間で大学を中退してしまいました。

理由は単なる”直感”です。

もともと大学入学当時からコロナウィルスの影響を受けてオンライン受講が主体でした。本来なら学校で実際に触って、誰かと関わってなど、楽しい学生ライフに期待を膨らませていたはずが、現実はまったくの別物でした。

その時私は何かやらなければと感じ、何かと憧れを持っていた芸能活動を始めました。
ここから”私自身の弾丸列車の片道切符”が始まりました。

芸能活動といえば大勢の人が憧れを抱き輝いているものに見えると思います。しかし、私が歩んだ芸能活動は今でも大変な道のりだったと思っています。
・事務所オーディション
     ⬇️
・   養成所
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・仕事のオーディション

初めの自分は上のような大きな括りでしか考えていなかったのです。しかし、その実態は年齢関係なく内面・外見を含めた実力がモノを言い、何度も挫折仕掛けました。
また、もちろんゼロから始める自分はとてもお金がかかりました。
そんな中で1ヶ月間家がない生活や朝から深夜まで学校・バイト・芸能の両立に励んでいました。今まで生きてきた中でこんなにもスケジュール管理に追われることのなかった自分にとってはかなりしんどい日々が続きました。
慣れてきた頃に何軒かオーディションも受かるようになり、”普通に暮らしていたら絶対に手に入らないであろう経験”というものの虜になってしまいました。
というものの、おそらく自分から一歩踏み出して感じられた経験というものはとても自分の視野を広くしてくれるのだと私は思います。
賛否はあるかもしれませんがスケジュール・やりたい事のためにやらなければならない事から背中を押されている時が一番楽しく感じたのです。

それからは舞台テニスの王子様のオーディションに落ち、活動の幅を広げたいと思い幼馴染のダンス部に入れてもらい、Lockダンスを始めました。

AbemaTV「私の年下王子様」という当時流行っていた恋愛リアリティの仕事ももらえるようになりました。

そんな自分でしたが、ふと海外に行きたいと思っていたことを思い出し、そこから駆け出しにしては順調だった芸能をやめ弾丸でオーストラリアに来てしまいました。

これらの出来事は全て自分の”直感”で動いてきたからこその苦労と経験と達成であると確信しています。
しかし直感というものは悪くいえば考えることを止めて行動に移してしまうということでもあり、人によってはとても不効率でバカだと感じる人もいるでしょう。
だからこそ私は、行動した先で必ず後悔が残らないように進み続けなければならないのだと思います。

これらの自分の特徴を伸ばし続けて、いつか今自分が持っている点と点がつながる時まで私は片道切符の弾丸列車を走らせ続けます。


今回は私自身について書かせていただきました。今はこのオーストラリアでコーヒーを学びたいと思い行動しています。いつか私がお店を開いた際はこの記事を読んでいただけた方にも応援していただけたら幸いです。
ゆっくり更新していくのでまた次も目を通していただきたいです。


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