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書評 #17|コンビニ人間

 村田沙耶香の『コンビニ人間』は個人と世界との摩擦の物語だ。大多数の価値観によって形成される「普通」。敵と味方。承認と拒絶。淡々と描かれる、感情の冷戦。それは決して特別なことではない。それは眼前に存在する日常だからこそ、読者の心にも重く響く。

 コンビニバイト歴十八年。彼氏いない歴三十六年。主人公の古倉恵子は世間の「あるべき姿」からは離れた位置にいる。自身と世間の常識との乖離。本心を隠し、間合いに注意しながら生きる日々。極端ではある。しかし、「世界にはまらない感覚」には少なからず共感した。

 普通を求め、自分自身が普通として認められる安心感。普通に同化することへの違和感を覚えながらも、普通から除外されることによって受ける圧力への恐怖。当然ではあるが、多種多様な人がいる事実と、それによって生じる歪みが『コンビニ人間』では生々しく表現されている。

 主人公は社会生活を送ることを「社会と接続する」と口にした。そして、明日の出勤に備えて夜は「肉体を整える」とも。コンビニエンスストアという組織的な環境は彼女にとって輝く場所となった。一般的には浮いた存在でありながらも、天職を見つけ、生きる原動力を見出した事実は読者に温かな希望を与える。感情のコントロール。環境への適応。組織に身を置いて働く者であれば、その過程に共感を覚えるのではないか。

 作中に登場するもう一人の「異物」である白羽は普通と恵子との間に位置する存在だ。その位置は他者の眼を意識する度合いを指す。その彼も恵子の就職活動を支える段になって生き生きとなるのが印象深い。行動に問題はある。しかし、白羽は恵子に文字通りの白い羽を授ける。前向きなことばかりではないが、著者の人間に対する希望を見出した。

 繊細な文体と鋭い観察眼。それらは読者を物語の中へと引き込む。軽やかでありながらも、強烈な鮮やかさで人間を描いた作品だ。


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