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書評 #24|村上T 僕の愛したTシャツたち

 軽快な文面の先には太陽がある。陽光に照らされて黄金色に輝くビールのグラスがあり、その前には彼方へと続く青い海が広がる。流れる、ザ・ビーチ・ボーイズの『サーフィン・U.S.A.』。時間が止まってしまった世界の中で、音色と波だけが穏やかに押し寄せる。

 村上春樹が持つTシャツを紹介し、それにまつわる思いを紹介していく『村上T 僕の愛したTシャツたち』。Tシャツを題材としたエッセイであるが、そこから冒頭で紹介した風景が心に映される。

 普段着の象徴でもあるTシャツ。その衣は「普段着」な著者を存分に切り取っていく。柔軟の融合。力が抜けていても、核にはしっかりとした意志を感じてやまない。それは、世俗とは一定の距離を保ち、アイデンティティを維持する村上春樹の姿と重なって見える。

 アメリカの地に広がる、乾いた空気を思い出さずにはいられない。正統派のアメリカン・ロックに身を任せ、夜はウィスキーを片手にジャズを愛でる。Tシャツという外皮に包まれているが、等身大の著者がそこにいる。それはTシャツを巡る旅であり、愛と交わる旅でもある。


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