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書評 #22|阪急電車

 有川浩の『阪急電車』はカフェにいるような感覚を僕にもたらす。店内の明るさ、周囲のざわめき、人と人との距離感。その空間はすべてが適切に保たれている。心は浮き立ち、同時に安らぐ。そんな流れが、本作を包む。

 阪急今津線を舞台に登場人物たちが出会い、交差し、そこにしかない物語を紡いでいく。ライトノベルの明確な定義を僕は知らない。しかし、有川浩の作品には触れたくなるような温もりがある。

 すべての壁を取り払い、登場人物たちの内なる声と筆者の思いが言葉の端々に感じられる。描かれる機微はみずみずしく、物語の前向きさは読者の心の温度を上げてくれる。

 『阪急電車』に無機質さは感じられない。そこには等身大の生活感があり、人物の人となりが丁寧に描かれている。関西弁を中心に、多様なスタイルの方言がそこに個性という名の花を添える。

 電車を舞台とした一期一会。大局に立てば、人の一生をそこに置き換えても違和感はない。紆余曲折の中で人々は行動し、内省し、時間に身を投じる。人生を彩っていく出会いの数々。偶然と捉えるか、必然と捉えるか。その交差にもっと身を置いていたかった。


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