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書評 #34|女の答えはピッチにある:女子サッカーが私に教えてくれたこと

 本著は男性諸氏にサッカーに対する新たな視点を授けてくれる。適度に力の抜けた文体。それが風のように鋭い指摘や比喩の数々を読者に運ぶ。語弊はあるかもしれない。しかし、僕の目線から見える韓国の人々は激情型であり、そのエモーショナルな香りが端々から漂うのも個性を感じさせる。

 著者がサッカーへと注ぐ愛情。それが眼から全身へと行き渡る。元ブラジル代表のロナウドが繰り出すシザーズに魅了され、壁パスやフェイントに恍惚する。サッカーを「しょせんは誤解と誤解が精密に組み合わされたスポーツ」と表現できる人間がどれだけいるだろう。試合の後を「一二時一分のシンデレラみたいな気分」と漏らす人間の感受性に宇宙の広がりを感じる。その紛れなき愛と探究心に絶大なる共感を覚えた。

 その共感は、サッカーが極めて「比喩的」なスポーツであると僕が感じるからに他ならない。選手の配置とボールの配球を「箸とお膳」に置き換える。人間関係の不和から、崩壊するチームを描く。主人公であるキム・ホンビはサッカーのあらゆるスキルを体得しながら、同時に人としても成長し、真の自分を見出していく。「サッカー」が「人」を言い表していることに、この競技の渓谷のような許容性や深さを感じずにはいられない。パスを送り、スペースを作り、息を合わせる。それは人が人と生きる人生そのものだ。

 サッカーをプレーする少数派である女性の視点。「自分らしい人生を生きて、好きなことをしたいだけ」というメッセージはサッカーによって力強く届けられる。主人公が素人からスーパースターになる物語ではない。劇的な展開も特になく、彼女はゴールも決めない。しかし、最後に値千金のアシストを決めて、自らも輝きながら周囲にも光を当てる、その描写は生の彩りにあふれている。

 好きな一節がある。「小旅行のせいで日常に小さな裂け目が生じ、そこから吹きこんでくる適度に刺激的でどこか目新しい風でいっぱいの空間」。サッカーは僕にそんな感情を届けてくれる。そして本著は、決して小さくはない裂け目を僕の心に刻んでくれた。


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