マガジンのカバー画像

短編小説

7
運営しているクリエイター

記事一覧

血痰を吐いて咲かせた水の上
赤より白い椿恋しや
#短歌

ドッペルゲンガー(#1)

ドッペルゲンガー(#1)

 ある日、隣の部屋にドッペルゲンガーが引っ越してきた。
 それは似ている誰かではなく、また親戚や他人の空似でもなくドッペルゲンガーだった。衣服は冬物のセーター、下はジーンズ。余計なものはさっぱりなく、メガネをかけていた。私はコンタクトしか使わないので変な気持ちになった。
 「こんにちは。引っ越してきました。あなたのドッペルゲンガーです」彼女はいった。
 「はあ」私はうつむいて挨拶をした。どういう応

もっとみる

息を吐く、眼鏡が曇る。どんよりとした春の空模様が丘の上を包んでいる。物語がなくなった、いや正しくは無くなったのではなく、大幅に変更された。今まで繰り返されてきた物語は終わりを迎え、これから別の物語が始まる、私は思った。但し、思い浮かばないと云う点では、変化も喪失も同じ事だ。

ヒカゲが愛した三人の魔女

ヒカゲが愛した三人の魔女

 ヒカゲと呼ばれる詩人がいた。
 行きつけのカフェに風景の様にあり、ひょろっとしていて、青白く、何処か不気味で、不健康そうな男だ。果たして、現代で詩人なるものが成立するのか、或いは彼が本当に詩人であるのか、僕には今一判らない所があった。だが同時に、心惹かれるものもあった、燃え尽きそうな横顔で何かを書き散らしている底に、湧き上がる水源の様なものを感じたからかも知れない。
 何かのきっかけで、会話が始

もっとみる
筆談譚〈第三話〉

筆談譚〈第三話〉

 上品だが派手では無い、藍色の紬の着物を着た女性だ。年は不明である。明らかに美しいが、静止している様子が、表情の在り方が成熟している。三十代、もしかしたら四十代かも知れない。でも、若々しく奥床しい色気も見える。
 其の女性の気配に気付いた少女は其の女性と目を合わせ、一瞬止まり微笑した。そして、メモ帳に何かを書いて、着物の女性に見せた。
 其の女性は手持ち鞄からペンケースを出し、万年筆を出した。モン

もっとみる
筆談譚〈第二話〉

筆談譚〈第二話〉

 年齢は中学生、いや高校生ぐらいだろうか、全体的に幼げに見えるが何処か大人びている、同時に個性的な女の子だ。先の女子の群の様な匿名性は無く、外見が派手と云う事でも無い。品は良いが目立たない白いパフスリーブのブラウスに縦縞のハイウエストのキュロット、色白で日本人形を思わせる華奢なシルエットだ。濃く無いが好かれる顔と云うのは此だろう。髪の毛はショートで、綺麗な脰が見える。何と云っても目に入るのが其の利

もっとみる
筆談譚〈第一話〉

筆談譚〈第一話〉

 私は万年筆が好きだ、だが、如何に好きで、如何に不可欠なのか、上手に表現が出来ない。
 或る休日、私は文房具が入った鞄を持ってカフェへ向かった。秋の曇り空、涼しい風に吹かれて、万年筆で書き物をしながらコーヒーを口にする一時にワクワクして歩いている。日々の忙しない生活を泳ぎ切る為の私なりの気分転換だ。一時期、ノートパソコンを持ち歩いてみたが、結局、万年筆で書いて行き、必要が在れば後から入力し手直しを

もっとみる