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千年越しの物語を追いかけたドキュメンタリー

 祇園祭と聞けば、誰もが京都の伝統的なお祭りだと想像するだろう。でも、実際に見たことのある人はどれほどいるだろうか。町中を巡るたくさんの山鉾を組み立てる、鉾建てと呼ばれる組み立ての段階から見たことのある人は世界中にどれほどいるだろうか。そもそも私は、毎年、祭りの度に大きな山鉾を一から作るということすら知らなかった。ここまでは筆者も同じ。しかしながら、筆者の行動は、ある時、京都のタクシー運転手から「鉾建てを見んでは、祇園祭は語れまへんな」という言葉から急激に加速する。

 本書は、祇園祭に魅せられた筆者が、二十年以上に及ぶ取材を熱く綴ったドキュメンタリーと呼べるものだ。

 筆者は、何年何月何日何時何分とワンシーンずつ克明に刻んで描いていく。
 例えば山鉾は、私がぼんやりと思い描いていたよりも遙かに大きく強靱だった。四条通に、高さ二十メートルの真柱を、逞しい京都の男性たちが立てる。運ぶのも組み立てるのも縄を締めるのも大仕事で、これから始まる祭のために、大勢の人が熱心に製作した鉾を空に向かって天高く突き立てる。筆者の言葉を借りるなら「これで長刀鉾は倒れない」のだ。そう、倒れるわけがない。その場にいる建て方さんたちの力は、その人たちだけの力ではないはずだからだ。私には、今を生きているその人たちだけではなく、千年にわたって受け継がれてきた技術や、先人たちの想いなど、その魂のすべてのエネルギーが山鉾の形となって具現化したように感じられた。

 筆者の描写は、実際その場にいるわけでも、映像で見ているわけでもない私に、筆者とともに、伝統の生まれ出でる瞬間を見上げている気分にさせてくれた。

 ほかにも毎年巡行中に、伝統的な冠に豪華な衣装をまとって化粧を施された稚児と呼ばれる子供が、四条通に張られた注連縄を真剣で切るという「注連縄切り」がある。大役を果たす稚児と、それを補佐して見守る大人の稚児係も、筆者は準備の段階から丁寧に追いかける。だからこそ、稚児によってまさに太刀が振り下ろされる時の興奮が伝わってくる。

――私は、その瞬間、四条通の上に広がった空の青さを覚えている。二十一世紀初年のそのとき、世界中に不幸なんて何もないようだった。

 これは本書の前半に書かれていた筆者の言葉だったが、私にとっては、この言葉が最後まで静かに染み渡り続けた。本書を読み、後に山鉾が東日本大震災の被災地を励ますために、仙台七夕まつりに参加していたことや、そもそも祇園祭自体が、疫病消除を願う祭りだったことも知った。祇園祭は長い時を経て現代まで確かに続く祈りであり、希望であるのだろう。山鉾の美しさは、単に見た目の壮麗さだけではないのだ。それに関わる人々の美しさそのものであるように思えた。 

 ちなみに本書の表紙は、祇園祭の主役である山鉾ではない。未来と希望を象徴する、稚児の姿である。


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