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わたしの『わたしたち』ーこの絵本との出会いなど


私事ですが、2005年に産んだ双子男子は、今年で16才になりました。正直に言うと、なってしまいましたという感じ。時々、子どもに向かって冗談で「成長よ止まれ~」と手をフリフリしながら呪文をかけることがありますが、「ムリ~」と呆れた声で一掃されます。

双子の出産は、それはもう命がけでした。どんな出産だろうと、女性は子どもを産むとき、みんな命がけなんだと思います。命をこの世に送り出すわけですから。わが子たちは小さく生まれたこともあり、病院に通う日々も多く、心配が尽きない日々でした。この子たちは、私がいないと生きていけない。この子たちは、私の血と肉を分けた分身。この絵本のはじまりと、そのころの「わたし」が重なります。

もしも わたしが ひつじなら、あなたは こひつじ
もしも わたしが うまなら あなたは こうま

もしもわたしが羊なら

2018年、はじめてこの絵本をチリの本屋さんで見つけた時、鼻をツンツンしている母と子の愛くるしい表紙がとても印象的でした。子どもが、おかあさんといっしょに繰り返しを楽しむあかちゃん絵本かな?

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以前から、この本の作者のパロマさんの絵が好きで、何冊か彼女の絵本を持っていました。ただその頃、赤ちゃん絵本をすでにいくつか出されていたので、ボードブックのサイズだったこともあり、この本も赤ちゃん絵本だと勘違いしてしまいました。お恥ずかしながら、その時はこの作品の魅力に気づけず、ぱらぱらっとページをめくって、本屋さんを出てしまったのです。

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チリの首都サンティアゴの本屋さん

その後、『いっぽんのせんとマヌエル(偕成社)』の絵本の絵を担当したチリの友人のパトリシオさんを通じて、ふたたび、この絵本に出会うことができました。パトさんが描いてくれたいっぽんの線が、別の絵本へ導いてくれたようで、パトさんと絵本との出会いに心から感謝しています。

「チリの本屋さんで見かけた、あのかわいらしい絵本!」さっそく、改めてページをめくっていきました。ところが、穏やかで優しい音楽のように流れていた物語が、とつぜん転調に変わったのです。あまりの予想外の展開に「へぇぇっ!?」と奇声をあげてしまうほど。子ども向けの楽しい絵本ではなかったんだ…。大人の絵本?いや、どちらでもなく…。

「おかあさん、だいすき」をテーマにした、母と子の絵本だと思っていたら、とんでもない!もっとスケールの大きい、壮大な愛の物語だったのです!そもそも母と子は仮の姿にすぎなかったのかもしれません。姿カタチは、愛の深さには関係ないのです。無償の愛をテーマに、究極の愛が人生のはじめから終わりまで描かれていきます。そして、最後にふたたび輪廻転生のごとく始まっていくのです。しかも、めぐりゆく時間経過のなんと贅沢なページ割り!こんなに多くページを時間経過に割り当てた絵本は、今まで見たことがありません。時の経過が静かに、とても静かに流れていきます。

見事なお話しの展開に、はぁぁぁと深く溜息が漏れて、その後、じわじわと涙があふれ出てきました。大人は大人で、子どもは子どもで、それぞれのお話しを同時進行してくという不思議な展開。しかも、ページをめくるとき、作者のこだわりや仕掛けが目くばせのように、各々のページに描かれているのです。

もしもわたしが羊なら

たとえば、羊の親子は馬の親子に変わりますが、ページをめくる前に馬のおもちゃがヒントになっています。いっぽう、別の動物に変わるとき、変わらずに引きついでいくものもあります。たとえば、人間のお母さんの髪の模様は、羊の頭の毛の模様で引きつぎます。カタチが変化しても、変わらない色やモチーフでつながっていくのです。

こんなに1冊の絵本を長くながめたことがあっただろうか。。。なんて深い、そしてなんて優しい。ページをめくるたびに、新しい発見が次々に見つかっていきます。

しばらく見ているうちに、旅立ってゆく ”こうさぎ” が、今度はかつての自分に見えてきました。ベネズエラに行くと言って家を出た1995年、母はどんな思いで私を見送ったのだろう?今まで、母親の立場で見ていたこの絵本が、今度は、”こうさぎ” となって巣立っていく「わたし」に重なり、うさぎのお母さんが巣穴に頭を突っ込んでいる場面が、顔をうずめて泣く自分の母に思えて、また、ちょと泣きました。

詩人の国と言われるチリ。ピノチェ率いる軍事独裁体制が長く続いたチリ。20世紀最大の詩人パブロ・ネルーダとガブリエラ・ミストラルを生んだチリ。名曲「Gracias a la vida (人生をありがとう)」を生み出した国民的歌手ビオレッタ・パラが生きたチリ。国の崩壊を糧に、文化が栄えると言われます。この国の芸術作品の質が高いのは、光と影の両面を照らすところにあるのかもしれません。

絵本『わたしたち』の作者のパロマ・バルディビアさんは、ネルーダやミストラルの詩の絵を手掛けるほかに、ビオレッタ・パラの「ラ・ハルディネーラ(La jardinera)」の歌を1冊の絵本にもしています。前衛アートのような斬新な色使いとモチーフ。詩に絵をただ添えた挿絵と違って、詩を十二分に読み込み、新たな発想と切り口でえがくイラストは見事です。

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Gabriela Mistral, Selección Poética, Kalandraka, 2009

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La jardinera - Violeta Parra、FCE Chile

ビオレッタ・パラの曲 ラ・ハルディネーラ



ビオレッタ・パラの曲 人生よありがとう (Gracias a la vida)

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ビオレッタ・パラ美術館

絵本『わたしたち』は、ラテンアメリカの光と影を芸術に投影している国チリから生まれた愛の詩です。チリの国民的絵本作家が描く無償の愛は、人生の晴れの日だけでなく、雨の日も、雪の日も描いています。だからこそ、美しい感動を与えてくれるのでしょう。

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パブロ・ネルーダの邸宅 (ラ・セバスティアーナ)とバルパライソの街並み



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