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山の修理屋⑥

《不在の家》

 夕食をつくっていたときに、台所のテーブルに置いてある夏ミカンを見て、そういえば、彼らは大丈夫だろうかと思い出し、明日から多少暇になるので、あの女性客のように自転車で行ってみようかと思った。

 正直、彼らの平屋はあの嵐では持たなかったかもしれないし、山崩れのあった地域に隣接していたし、あの山道に配備された引出しは全部流れてしまったかもしれなかった。
 それらが用水路にぷかぷか浮いていたりしたら、さぞかしスーさんは悔しいだろうと想像した。

 翌朝は嵐の後によくある強い日差しの快晴となり、本当に雲一片も空になかった。水浸しの道路も乾いた泥が目立ってきたので、数日たてば元通りになりそうだった。

 自転車に乗り、何度か車で行った道を思い出し、道さえ大丈夫なら二時間ほどかければ行けそうだと踏んでいた。念のためおにぎりも用意しサイクリングに行く気分にもなっていた。
 途中までは嵐の被害は少なく、道路が一部凹んだ山道があっただけだったが、修理屋の家に向かう分岐の橋が通り抜けできなくなっていた。濁流で橋げたに詰まった石の上を流された木々が重なり、車1台がやっとの橋が汚くなった枝の密集で塞がれていた。

 遠くに見える修理屋の工場が傾いているのが見えた。トタン屋根が日差しに反射してそれが深く曲がっているようだった。人助けという気持ちの前に、彼らが心配になり、密集して泥だらけになった枝の間を通り抜け、なんとか修理屋の家に向かった。

***

 平屋のソーラーパネルがずり落ちているのが目に入った。本体の重さで屋根を剥がすように落ちており、家屋全体が沈み、窓枠がくの字に潰れたようになっていた。

 ここに自分一人できていることが不安になった。中で倒れている老人やおばさんや息子さんを想像すると、即座に救急車を呼ぼうと思いながら、もはや開かなくなった玄関に向かって「大丈夫ですか!」と声を上げた。

 もし倒れていたら、救急車もあの橋の具合では来られないだろうから、救急隊がそこから担架を運んでこなければならなかった。
 玄関から中に入るのは難しく、裏手に回ると、高々と部品を積んでいた工場も見事に倒壊しており、幸い部品を積んだ棚が山側に倒れたお陰で、電化製品の散乱は激しかったものの、平屋を直撃していなかった。

 裏口から中に入ることができ、私は土足のまま、大丈夫ですかと繰り返しながら、むすこスーさんの機械室、足を踏み入れたことのない洋間、和室、台所、と進み、玄関にたどり着き、人気のないことにほっとした。

 あれほど細かい部品のあった機械室は意外と荒れてはおらず、全体的に傾いて沈んでしまった家の中は、少し前まで家族が生活していた気配が漂っていた。

 災害の有線放送で、どこかに避難しているに違いなかった。ここよりも命の方が大事だろうし、体の不自由な息子さんを思えば、嵐になる前に車でどこかに避難していても不思議ではなかった。

 山岡さーん! いませんよねー。大丈夫ですよねー。とあちこちで三回ほど呼んで、再び裏口から外にでた。

***

 私にはもう一つ気になっていることがあった。山道を作っている金属の引出しだった。あの嵐では多少の被害が予想されていた。引出しがバラバラになって流されたか、綺麗な段々が崩れてしまっているか。

 工場が山側に倒れていて、山道自体にたどり着くのに大変そうだった。確か四列あったので、工場に面していない右手方面の山道を探してみることにした。竹藪とマムシが出そうな雑草の中を恐る恐る進んだが、それらしき登り路が見えなかった。
 ドローン用だとすれば、それは必ずしも人が上るのに便利である必要はなかった。

 竹藪をだいぶ進んでからぬかるみになっているのに気が付いて、来たのを後悔しながらも、山の中腹にそれらしきものが見えないか竹林の隙間から探した。昼なのに夕方のような暗闇になっており、人慣れしていないカラスもいるのか、時折恐ろしい鳴き声で林を振動さた。

 私は諦めて、藪で怪我をするのも構わずにぐんぐんと歩き、工場に戻った。散乱した部品に足を取られやすくなっており、倒壊した工場の屋根と金属の柱で、やはり、その裏の山道まで行くのは難しそうだった。


【山の修理屋】
山の修理屋①《修理屋との出会い》
山の修理屋②《山の引出し》
山の修理屋③《修理屋の息子》
山の修理屋④《山の部品管理》
山の修理屋⑤《嵐の日》
山の修理屋⑥《不在の家》 ←今ここ
山の修理屋⑦《山への誘導》
山の修理屋⑧《山の中へ》
山の修理屋⑨《いつもの暮らしへ》

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