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山の修理屋①

《修理屋との出会い》

 長年使っていた洗濯機が突然動かなくなった。水を入れても洗濯をしているうちに全部流れてしまってどうにもならない。保証期間はとっくに過ぎているので買うしかないのだが、なんとかならないものか。

 近くにある馴染みの家電量販店のベテラン店員に相談してみると、洗濯機の故障は電気系か制御系かモーターの辺りで、ときどき排水ホースに女性のヘアピンが入って開閉する弁に引っかかっているという話だった。物が挟まっている場合は素人でも直せるが、他は保証期間が過ぎていたら新品購入しかないでしょうとのこと。

 帰り際に「保証期間を僅かに過ぎた方で、どうしても納得して頂けないお客様には、個人的なつきあいのある電気修理のプロを、紹介していますが」とのことだった。私は念のためということで、そのプロという人の連絡先を教えてもらった。

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 自宅に戻って排水ホースを調べたが何も詰まっていなかった。何か自分の中で勢いもあって、教えてもらった人の携帯にかけてみた。留守電が設定されていて営業時間と、修理が可能かどうかは物を見ないとわからないとの伝言だった。
 夜にもう一度かけ、かすれた爺さんの声がして、持ち込む日時と住所が指定された。住所は車で一時間ほどの山間部で、日時は本日夜九時。

 夜間営業で山間部というだけで怪しく、多くの人はそれだけで新品購入になるのだろうと思ったが「洗濯機なら大概直るなよ」という一言を頼りに、苦労して洗濯機を後部座席に積み込んで夜のドライブとなった。

 国道から県道へ、そこから山道へ。舗装されているものの、化学薬品のにおい臭いがする産廃工場のような建物がいくつかあり、ところどころに行き止まりがあり、一時間目安が二時間もかかってしまった。

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 指定された住所は、木造平屋の建物と、山の斜面に棚田のような景色があるところで、一見農家に見えた。
玄関のブザーを鳴らしても誰も出てこない。裏手に回ると大きなトタン屋根の下に電化製品が所狭しと並べられており、三メートルほどもありそうな四方の棚には、千差万別の部品類が落ちてきそうなほど積まれていた。

 律儀に上下お揃いの作業着と帽子を被った小柄な老人がやってきて、挨拶抜きで物はどこかと聞いてきた。玄関の方向を指さすと、ここに降ろしてくれとのこと。天井が心もとなく、雨だとどうなるのだろうという不安が先に立った。

 お互いの紹介もないまま、老人は工場の奥に引っ込んでしまい、私は車から洗濯機を取り出し、重量に耐えながらよちよちと電化製品置き場まで運んだ。その間、休み休み山の方面を見てみると、それは工場の裏手から続いているようで、よく見ると背の高い工場のすぐそばまで山が迫っていた。

 工場の裏手には、簡易な塀で隠されるように複数の黄色い建機が並んでおり、ふもとの一部はブルーシートで覆われていた。山崩れの補強でもしているのだろうが、そもそも工場を山から離しておいた方が安全に見えていた。
 建築法違反とか顧みずにギリギリまで土地を広げて、電化製品や部品の置き場を確保しているようにも見えた。

 ときどき災害ニュースで土砂崩れで家が飲み込まれるシーンがあるが、まさにそういう事故が起きても不思議ではないところに建っていた。位置的には工場が平屋を守るような具合になっているのか。

 洗濯機を下ろして周囲を見渡すと、テレビもあれば冷蔵庫に掃除機に電子レンジに業務用の扇風機などが、無秩序に並べられていた。今どきの電化製品はICチップが沢山入っているので町の修理屋では難しいと思いつつ、周囲に積まれた部品にはビニールに入ったコンピュータの基盤のようなものも見えていた。

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 老人が奥から小型の電子レンジをもって出てくると、それまで気が付かなかった細身で眼鏡の女性が電化製品の中からすっくと立ち上がり、お礼を言って受け取っていた。彼女は玄関方面に持っていく途中で私とすれ違い、修理品を自転車の荷台にくくりつけていた。

 ここまで自転車で来るにはかなりの距離だった。修理屋の老人が腰を伸ばして「さーて、今日の修理はおわりだ、あんたの分は明日だ」と言って、再び工場の奥に引っ込もうとしたので「明日の何時頃になりますか?」というと、同じ頃に来てくれれば直っているとのこと。

 車に戻りながら、ここを一人でやりくりしているのか、見えないところで誰かが手伝っているのではないかとか、どこかのメーカーを退職した人なのかとか、つらつらと思いつつ、工場の明かりが一斉に消えて、そこら中が真っ暗になり、急に夜風が冷たいのに気が付いた。


【山の修理屋】

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山の修理屋②《山の引出し》
山の修理屋③《修理屋の息子》
山の修理屋④《山の部品管理》
山の修理屋⑤《嵐の日》
山の修理屋⑥《不在の家》
山の修理屋⑦《山への誘導》
山の修理屋⑧《山の中へ》
山の修理屋⑨《いつもの暮らしへ》


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