見出し画像

山の修理屋②

《山の引出し》

 翌日会社が終わって夕食を取ってから、再び夜のドライブとなった。カーナビの地図を拡大し、迷わないように進んでいった。

 夜の山道でラジオを聞きながら、廃棄された大量の電化製品を分解し、それで部品を交換して直しているのではないかと思った。それであれば、とにかく沢山の部品を型番に合わせて整理しておけば、何か特別な技術がなくても成り立ちそうだった。
 それには広大な土地が必要なのだろう。夜に営業しているということは、昼はそうした部品の整理をしているのか。
 彼に関する興味は尽きなかった。

 着いてみると、平屋の中から声がしており、ひとりの会社員が玄関から出てくるところだった。何か企業との協力とか取引とかあるのだろう。スーツでネクタイの太った彼は私を見て、お世話になっていますとお辞儀をして、車に乗り込んでいった。

 電化製品の山の中から誰かがドライバーを天井に向かって投げており、最初は子供が隠れているのかと思ったら、老人がそれをうまい具合に回転させては同じような角度でキャッチしていた。平屋で応対していたのは彼の家族かと思いつつ、昨日の者ですと挨拶をした。

***

 彼はドライバーを投げるのをやめて、キャンプセットの椅子に座ったまま、もう直ったよ、といって私の洗濯機の方向を指さした。節くれだった真っ黒な手が見えて、電気屋の店員が言ったプロという言葉を思い出した。

 有難うございます!おいくらでしょう? 老人に聞くと、家のばあさんに言ってくれと。
 平屋に戻って呼び鈴を押すと、しばらくして小柄なおばあさんがニコニコして出てきたので、洗濯機を持ち込んだ話と昨日持ってきて今日直ったお礼と、支払いの件を手短に伝えた。
 おばあさんは、はい、どうもと言いながら三千円と書かれたメモを渡してくれた。普通は部品名とか故障個所などの記載があると思ったが、老舗の飲み屋の勘定のように紙切れ一枚だった。

 耳が遠いようで会話の受答えもなく、お礼をして洗濯機を車に詰め込む作業に取り掛かった。私の背中に向かって「おい、若いの!いいもの見せてやろうか」と老人の声。今日は機嫌がいいのか、普段からそうなのかわからないが、洗濯機をおろして、なんでしょう、と。

***

 私は彼の後に続き、彼が良く姿を消す工場の奥に入っていった。そこは山の斜面が迫っているところで、斜面と工場に挟まれた藪の中で灯りも暗く、なんとも寂しげな気分となった。
 土が露出している辺りに被せられたブルーシートと、隣の黄色い建機の姿が、寂しさを助長し、田舎の錆びた臭いがした。

 彼は山道の手前まで来て、光沢のある階段の表面を指さし、これ、どうなっているかわかるかと聞いてきた。
 私はそもそも薄暗い中でよくわからないものの、金属製の階段が一直線に山に向かって伸びている様子に驚くとともに、先ほどの会社員の顔を思い出し、こういう建設に関係しているのかなと思った。

 彼は階段それぞれについている突起を、ほら、といって軽く押し、それが引出しのようにゆっくり前に出てくるのを見せてくれた。中には真新しい電化製品の部品が綺麗に並べられていた。

 数十段ほどの階段のそれぞれが、こうした引出しになっているのだった。こうした階段は一列だけではなく竹藪を隔てていくつかあった。部品が沢山あり過ぎてこうするしかないという話だったが、彼がひとりで働いているのが信じがたかった。

 玄関に古い青銅のような看板があり下の「研究所」だけ読めていたので、社員は何名か聞いてみると、息子が家にいて、コンピュータ基盤の修理をしているとの話だった。
 やはり老人だけでは、今どきの電化製品には太刀打ちできないだろう。研究所の名前は「山岡電機研究所」で、彼の親の代からやっており、個人向けはサービスみたいなもので、ここの商売は業務用の製品修理で成り立っているとのことだった。

***

 話が途切れ、てっぺんまで登ってみるか、との誘いに応じて、老人とともに頂上まで登ることにした。山の中にこうした金属の階段が埋め込まれているのは不思議だったし、それが、こんなに高く積まれているのも驚きだった。登るごとに引出しの取っ手に埋め込まれたLEDが光り、足元を照らした。おそらく斜面を削ってひとつずつの引出しを埋め込んだのだろう。しかし土砂災害には耐えられないのではないか。

 金属の階段はしっかりした踏みこたえがあったが、手すりもなく、薄暗い中を登っていくのは怖く、老人の背中だけが頼りだった。ようやく頂上まで来ると、そこは手すりに囲まれた丸い場所で、見渡すと前後左右に四列の階段が伸びていた。
 老人はしばらく遠方を眺めてから、寒くなってきたわと言って、再び二人で工場の方に降りて行った。

 黒光りの階段は、沢山の細かい突起が滑り止めになっており、階段脇のLEDの光を見ながら降りていくと、途中で眩暈がしそうになった。
 雨が降っても崩れないんですか? 全然大丈夫、中もつながっているから。
 どういうことかわからなかったが、引出しがそれぞれバラバラではないということなのだろう。


【山の修理屋】
山の修理屋①《修理屋との出会い》
山の修理屋②《山の引出し》 ←今ここ
山の修理屋③《修理屋の息子》
山の修理屋④《山の部品管理》
山の修理屋⑤《嵐の日》
山の修理屋⑥《不在の家》
山の修理屋⑦《山への誘導》
山の修理屋⑧《山の中へ》
山の修理屋⑨《いつもの暮らしへ》


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?