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山の修理屋③

《修理屋の息子》

 山から工場まで下りると、ふたりの若者が老人を見つけて、また頼みますーと明るい声を上げた。大学生っぽく、何度もこちらにきて来ているようだった。
 いかにも理系っぽい眼鏡の二人は、中身がむき出しの各辺一メートルほどもある立方体の機械を台車に乗せており、それにはオシロスコープのような画面がいくつか付いていた。老人は、また壊れたか、と言って電化製品の隅の方に持っていくように言った。

 隅の方から平屋の裏口がつながっており、彼らはそこから中に入っていった。息子の教え子だよ、息子は大学の講師だったんだ。過去形ということもあり、何も聞かなかった。
 夜も深まり、平屋は広く、おそらく彼らは泊まっていくのだろう。
老人は工場内を折り返し、洗濯機はもう数年か持つからと言って、向こうに行ってしまった。

 その後私は山の中の金属の階段をネットで調べたが、全くヒットせず、彼の言った、中でつながっているから、という言葉も引っかかっていた。地域の歴史や研究所も検索したが、何もなかった。

***

 小児麻痺でね、まあ、それでじっとしているのもあるんだけど。学生二人と座椅子を囲んで中央の大きな機器をいじりながら、修理屋の息子は答えた。
 山の斜面の金属の引出しがどうにも気になって、電子レンジのメニューが多少狂ってきたので再び来たわけだった。

 老人が見当たらず、丁度学生二人が裏手に回るところだったので、どこかに置いて伝言しておけばいいか聞いてみた。
 電子レンジの症状を話すと、それは親父じゃなくてスーさんだね、との話で、一人が裏手から平屋の中に入り、戻って手招きした。私は電子レンジを抱えて招かれるまま平屋の中に入ると、広い機械室のような部屋中に電子機器が積まれていて、その一角にスーさんという人が座っていた。

***

 学生が電子レンジの症状を説明すると、彼は私の方を向いて、どう直したいか聞いた。直し方にも色々あるのかと、言いよどんでいると、髪の長い学生が、要は、電気系統全体を取り換えるか、故障した基盤を取り換えるか、故障したチップを取り換えるか、ということなんですよと解説してくれた。

 二人は大学院生で、一人は電子工学、一人は建築工学を専攻しているということで、二人ともスーさんの教え子というか、専門分野の越境を楽しんでいる仲間どうしで、頭のいいゲームオタク風な雰囲気を漂わせていた。

 三人は電流を送る通信の話や、放射線に強い保護膜の話とか、ドローンの軽量化の話など、スーさんと学生二人は尽きることのない話題を巡らせており、半分以上知らない用語の中で、その雑談が終わるのを待っていた。
と、奥からお母さんが出てきて、あらと言って奥に引っ込み、コーヒーを自分の分まで持ってきてくれた。

 丁度私が座る椅子もあり、促されるまま座って四人でコーヒーを飲みながら、彼らの話題は、部屋の中央にある一メートル四方の謎の機械に移っていった。私は話の輪に加わるのも不自然だったので、修理依頼だけして帰りたかった。

 外から老人の声がしたので、彼らの話を中断して、電子レンジを置いていきますのでと言い、裏口から出て老人に依頼内容を再度説明した。
 すると、老人も、で、どう直すのか、と同じことを聞いてきたので、早いやり方でお願いしますと答えた。
 そうか、わかったが、面白くないのーと言われ、たまにはせがれの出番も作ってやれよと言われつつ、それが冗談めいた口調でもあり、適当な相槌を打って車に戻った。

***

 車に戻る途中の平屋の玄関で、コーヒーのことを思い出し、開いていた玄関からお母さんの姿が見えたので、コーヒー御馳走様でした、と言って戻ろうとしたら、ちょっと待ってと言われ、庭で採れた夏ミカンが数個入った袋を持たせてくれた。

 単なる客なのでといって断ろうとすると、息子さんの知り合いと勘違いしているのか、スミオをよろしくお願いしますといい、もう大学には戻らないみたいだけど、いい研究ができたら戻れるかしらねーと挨拶のように話した。
 理系の優秀な研究成果があれば、引く手あまたかと思いますよと答え、夏ミカンのお礼をして車に乗り込んだ。


【山の修理屋】

山の修理屋①《修理屋との出会い》
山の修理屋②《山の引出し》
山の修理屋③《修理屋の息子》 ←今ここ
山の修理屋④《山の部品管理》
山の修理屋⑤《嵐の日》
山の修理屋⑥《不在の家》
山の修理屋⑦《山への誘導》
山の修理屋⑧《山の中へ》
山の修理屋⑨《いつもの暮らしへ》

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