織姫と彦星は今宵も逢えず。勿論、雨が降った。 そんなことは如何でもいい。 不図した時に彼女に会った。本当にそれだけで心は舞い踊り、体は鞠のように弾んで、百金なんかじゃとても買えない貴重な時間だった。 その後、疲労を見せていた僕に対し、その体を案ずるメールが来た。文面だけでも心配してくれている。その事実が何より素敵な栄養剤だ。明日はたぶん会えないが、明後日は逢える。屹度逢える。だから明後日まで生きる。 恋愛は効率の悪い、しかしながら超馬力をほこるエネルギー源だ。僕のエネルギ
浮舟 苦しい気持ちに押しつぶされそうだ。 7/5~6まで●●の家にいた。今日は二人きりだ。●●の寝顔を思う存分見たけれど、その分抱きしめたい気持ちが増大した。愛しすぎる。眠そうな目も、白い肌も、服の間から見える胸も、柔らかなニノウデも、全てすべてこの手の内に収めたいけれど、それもなかなか難しそうだ。 ●●はまだ●●に気を寄せているらしい。しかも、恋をされるのは重いらしい。でも、だるだるした関係なら楽らしい。あ、、何だろう。ハリキればハリキる程、空回りしてしまう。こうなりゃア
本当に彼女のことが好きだ。今、これ以上ないくらいに。 彼女の笑顔を見るために、明日も生きようと思えるくらい好きだ。 抱きしめたい。飛びつきたい。 気付けば彼女との「結末」ばかり妄想してしまっている。 幸せな結末、あるいはそうでない…。 そしてそれぞれの妄想で僕は一喜一憂している。 いけないことだって解っているけれど…。 本当に、何を見ても、何を聞いても、次の瞬間には彼女と直結させて考えている。 「君に似合うだろうかなんて本気で考えている。」 君というレンズを通してしか全てが
---- 10/12 僕の支離滅裂な日記帖を省みるに、前に日記を著したのは2013年8月、沖縄での出来事らしい。違った。9月22日に松下さんがイナズマロックフェスの前後で泊まりに来た時だ。ホームレスのようなあごひげで、大阪のホストがやっている雑居ビルのバーに連れていかれた時だ。 それから2年が経つ。 何があったかほとんど覚えてない。相変わらず女の子と遊んでいた。 2014年6月ごろには、さんの彼女の件でいろいろ面倒になった。 沖縄には2度行った。今年は、Yという何の汚れ
気が狂いそうなほど彼女といた。 彼女の肢体に飛びつきたい衝動を抑えながらいた時は、苦しく、切なく、でも幸せだった。 凡そ30時間。それでも飽きない。 一生飽きることなんてないさ。ずっと見ていたい。
バイトをはじめなくてはならないみたいだ。 うーん・・・正直厭だ。 こんなことならxxxの面接受けときゃよかった。 今からじゃ遅いよなぁ。 明日、彼女に逢いに行く。 告白しようか?いやいや・・・まだ早い。 もっともっとあふれなければ・・・。 気持ちは落ち着いてきている。 しかし消えているわけではない。 いわば無造作に散らばった君色が、紙にゆっくりと馴染んでいくところだ。 きっと、もうすぐ君に逢える。 それだけが今の希望。
君の色が増えていく。 最早僕が残らないくらいに、世界に君だけしかいないような錯覚にさえ陥る。 錯覚・・・? いや、錯覚なものか。真実だ。 世界にはまぎれもなく君しかいない。君しか。 もう、僕の価値観なんてものは、全てひっくり返ってしまった。 長い髪がこんなにもいいなんて。 白い肌がこんなにもいいなんて。 眠そうな瞳が、長いまつげが、怜悧な口振が、 こんなにも僕の心を揺らしている。 君に会った瞬間から、僕の世界の中心は君になった。 君がすべてだ。 君との繋がりが全て。
--- この気持ちを誰が知ろう。この気持ちを、いったい誰が止められよう。 初めて彼女の寝顔を見、その頸を掻き抱こうとした瞬間から、ここまではもはや必然の流れといってよい。例え神であってもこの気持ちを止められない。彼女と手が繋げたら。髪を梳けたら。況してキスが出来たならどれほど素敵だろう! 友達と恋人との間には極めて僅かで、しかし極めて大きな距離感の差がある。わづか50cmの距離にあっても、僕にはそれ以上近づくことも、肩を抱くことも出来ない。 「恋人同士であれば」何度もそう
生まれた時のことなんてもちろん覚えているわけはなくて、気が付いたらこの世界で息をし、物を見、声を聞いていた。 両親と妹が一人。父は説明に困るくらい普通のサラリーマンで、母は色んな仕事を転々とする仕事人間。ごく普通の家庭だった。 子供の時の記憶はほとんどない。0歳から小学校に上がるまで、いや、中学校の時のことも、高校生の時のことも、あまり覚えていない。10歳まで住んでいた家の間取りも、高校の時の自分のクラスメイトの顔も、しっかり頑張って思い出そうとしても、わずかな断片しか思い
ヨシムラさんと過ごす日常は、とても美しい日々だった。世界がトキメキとイロドリに満ちていていた。時折、私の自信のなさからくる心の陰がそのイロドリを滲ませることはあったけれど、それすら今思えば絶妙なコントラストになっていた。 その時期、私はとても、とても幸せだったと思う。 「おわりのはじまり」が訪れるその日までは。 ヨシムラさんは飲み会の後お連れさまと一緒に我が研究会に入ることになった。週に一度水曜日に会えることが決まり、私は小躍りした。 それだけでは飽き足らず、私は何かとヨ
19歳、私はある人に恋をした。それはあまりにも若くて、幼くて、儚い恋だった。 私はその恋によって、たくさんのものを手に入れた。例えば哲学とか、人間味とか、失望とか。 そしてたくさんのものを失った。自信とか、大学生活のほとんど大半とか、単位とかだ。 本当に長くて辛い恋だったけど、今の私はその恋があったからこそ形成されている。だからそれは、私にとって全ての「はじまり」の恋だった。 穏やかな春の陽気は、人々の心を否応なしに浮つかせる。心地よい暖かさと、美しい桜と、何より新しい誰