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大きな白い犬と謎のオブジェ

冬休みが始まったその日、家族4人で池のある公園へ。
小さい頃によく行った公園。
池のまわりはぐるりと舗装され、あたりには藤棚や大賀蓮が手入れされている。
池に浮かぶトリハウスにはかつてアヒルがいたと記憶していたが、今は鴨の親子が住んでいるようだ。

娘(小2)はサンタさんから届いたリップスティック(くねくね体を揺らして進むスケボーみたいなもの)の練習。
息子(4歳)はコマ付き自転車の練習。
夫(小太り)はミニスケボーの練習。
私(猫背)は腕ふりウォーキング。

どんなにゆっくり歩いても一周5分くらいの小さな池の周りを思い思いのペースでぐるぐる回るだけの遊び。
枯葉にカサカサ音を立てさせる風は耳に心地よい。
白と深緑と茶色の鴨は可愛い。
何周目かで気づいたが、藤棚のそばにある謎のオブジェが怖い。
いや、よく見ると、独特の越冬スタイルを身に纏わされている何かの植物に見えなくもない。
だんだん、ちょっとだけ愛おしくなってくる。

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この田舎の公園。
人がぽつりぽつりと来ては帰っていく。
冬枯れの藤棚のベンチに座ってしばらくスマホをいじっていた丸眼鏡の若い女性は、イヤホンをして黙々と歩きだした。
大きい歩幅で歩くのはマフラーグルグル巻きの年配の女性。
コロコロとした小型犬(おそらくトイプードル)を連れた小柄な男性はつぶらな目が連れているワンちゃんそっくり。
どこからともなく現れ、ラジオの音を大音量であたりにもらしながら闊歩し、またどこへともなく消えていったおじいさん。
鴨の家族を眺める家族連れ。
スポーツウェアの男性は水飲み場の蛇口を慣れた手つきで洗い、しばらく水を出し続け、頃合いを見て器用に飲んでいた。

空気を鼻から吸って、口から吐き出す。
肩をぶんぶん振るたびに、肩甲骨がポキポキ。
体がほぐれていくのがわかる。

公園からは小高い団地が見える。
見晴らしの良い角のお宅は学習塾の先生。お元気かな。
よく近道で通ったお墓の間の上りの小道。
その奥には友だちが住んでいた社宅。
いつも駆け上がった山際の急勾配のでこぼこ道。今歩くと息が切れるかな。

感慨にふけっていると、そこに突如現れた大きな白い犬!
立ち上がれば私と同じくらいになるだろう。
ふわふわの長い白い毛も手伝ってものすごい迫力。
息子はこんなに大きな犬を間近で見るのは初めてだろう。
小さくわぁ!と感嘆の声を上げサドルからおりた。
犬を連れているのは毛玉ひとつない上品なニット帽をかぶり朗らかな笑顔をたたえた男性。
あっという間に私たち親子に近づいてさらに笑顔。
「ははは、噛まないから触っていいよ」
「わー、大きいですね。なんていう種類のワンちゃんなんですか」
私はこわごわふわふわの毛に触れた。
「これはね、サモエドっていうロシアの犬なんだよ」
「へぇ。ほんとに真っ白。寒いところの犬なんですね」
ぼうや触っても大丈夫だよ、と声をかけられても息子は手をぎゅっと握りしめてサモエドを見つめていた。

サモエドとおじさんが立ち去って、息子はようやくふぅっと息を吐き、コマ付き自転車に再びまたがった。
息子の目にはさぞかし大きな犬に映ったことだろう。

子どもの瞳に映る景色は、きっとただそれだけで特別だ。
あの頃の景色を、あの頃と同じように見つめることはできない。
どんなにあの頃と同じように眺めようとしても。
それが年を重ねるということなのかもしれない。

ウォーキングをするなら池のほとりで。
大きな白い犬はサモエド。
謎のオブジェは春を待っている。

こうして穏やかに2020年が暮れていく。

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