見出し画像

”劣等感”に気づいた32歳の春

はじめての投稿がこんなネガティブなタイトルでいいのか不安になるが、結論が出たのだからよしとしよう。

さて、私のことを軽く紹介させてほしい。
1987年 日本で産まれ、既婚、1児の母。1歳から6歳まで父親の転勤でアメリカのシカゴとニュージャージーで過ごし、小学1年生から小学5年生まで神奈川の茅ケ崎で育ち、小6から中3の夏までオーストラリアのシドニーに再び転勤で過ごした後、高校1年から神奈川の高校に入学、日本の青山学院大学を出て、10回以上の転職を繰り返し、大人になるにつれて、なかなか日本に馴染めない”変わり者”として窮屈な年月を過ごしてきた。現在は主婦としてアルバイトをしながら、3歳の男の子を育てながら女優、モデルとして活動している。

私には”高学歴エリート父”と”家事完璧な専業主婦の母”に加えて”出来のいい優秀で完璧な姉”というプレッシャーの宝庫と言うしかない家庭環境で育ったことと、海外と日本を幼少期と思春期に行き来するという特殊な経験を持つため、自分の感覚が周りにいた”普通の日本育ちの女子たち”と違っていたことに気づき始めたころには私の無意識の中にこの劣等感が何日も洗ってないお風呂場のカビのように頭にこびりついていったのだった。

これからの投稿で詳しく説明していきたいと思うが、タイトルにもあるこの”劣等感”というもの。見つけてしまえばなんてことはないのだが、見つけるまでに意外と時間がかかる厄介なものでもある。なぜなら、私はこの”劣等感”のおかげで自分を”ものすごく価値の低い、ダメな女”だと思い続けてきたのだから。高校生の頃からだろうか、好きになってきた異性はほぼ彼女持ち、妻子持ち、挙句の果てに付き合う相手も彼女持ち、妻子持ちで愛人ポジションは日常であり、特に本命になりたいとも思っていなかった記憶がある。結婚してからも(この結婚にもいろいろ理由があるのだが)家庭外で出会った異性と浮気、不倫を繰り返す生活を何年も繰り返しては、外部の評価によって自分の価値を見出そうとしていたのだ。

ここから先は

1,073字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?