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「空白を埋めるため」ではない"やりたいこと"

何もしなくていいと言われて、その時間でやりたいと思うことはなんだろうか。

大分調子も落ち着いてきて少し時間を持て余している今、自分の中から積極的にやりたいと湧き上がってくるエネルギーをそもそも自分はあまり持ち合わせていないように感じている。
転職活動を始めたせいでやたらとメールが気になってスマホをとにかく頻繁にチェックし、TwitterやInstagramを眺めては虚しい気持ちになる。
ある程度エネルギーが貯まってきたとやっと実感できるようになってきた今、何もしないでいることが許される時間にやりたいと心から思うことが、あまりなかった。

ここまでの休職期間、自分からやりたいと思うこと思わないこと含めて、自分なりに色々なことをしてきた。
すぐに挫折してしまったけれどUiPathの勉強なんてしていた頃もあったし、英語や簿記の勉強もしている。
TwitterやInstagramの別アカウントを作成して、自分の状況に関する本や自己啓発本、働き方に対する考え方の本などを読んだり、それをまとめたり当てはめたりもしてきた。
苦しさを緩和させるためのスマホアプリを大量にインストールして試してみたり、自分を落ち着かせるために求人を山のように検索した。
文科省のサイトからカウンセラーに相談メールを送ったり、キャリアコンサルタントの人に面談してもらったこともあった。
キュレーションサイトの記事作成に少しだけ取り組んでみたり、昔習っていた楽器を久しぶりに少し演奏してみたりもした。

その中で、自分の"やりたい"と思うことは突き詰めてしまうとあまりないのではないかと思い当たった。
まず、私は何もしないで過ごす時間が苦手だ。
何かをして、これをやったと言える状態であることに無意識的に価値をおいている。
何もできなかったと感じることは、虚しさを増大させて苦しくなる。
その苦しさを埋めるためには、何かをしたという事実が必要だった。
ただその理由で何かをするということは、本質的にやりたいと思っているわけではなくて、何かをしたという事実をつくるためにやっていることだ。

その中で積極的にやりたいという感情を持てるものについて、考えてみた。
勉強は虚しさを埋めるためにとても有効だけど、目的がしっかりとしていない分それはそれで苦しかった。
音楽も好きだと思っていたのに、いざ演奏する機会も聴く機会も自分から創らないとない状態になってみると、わざわざやろう・聴こうと思えなかった。
状況による部分はあるだろうけれど心理関連の本を読むことは苦しさを助長してしまったし、今手元にある問題を解決しようとしても情報を取り込んで考えようとすればするほど追い詰められていった。
担当させてもらったキュレーションサイトの記事は、分野への関心がないときついのだということがわかった。

この状況で今、何もしなくて大丈夫だと言われた上で虚しさを埋める目的ではなくやりたいと思えることは、ディズニーと旅行と居場所感のあるデスクワークと、noteだった。
ディズニーと旅行に関しては、完全なる娯楽だ。
これは収入がない今、いくら調子が良くなったとはいえお金を使うことに対する恐怖心が勝るから行けない。
ただ調べているだけでも少し、前向きな気持ちになれたりもする。
居場所感のあるデスクワークに関しては、結局私は会社員として働いている自分に価値をおいているということを実感させられた。
仕事を任せてもらいたい、働いている自分に価値をおきたいという思いがやたらと強かった。
あとは好きな服を着て出勤したいとか、デスクに好きなものを置いていたいとか、爪の先を綺麗にして気づいてもらいたいとか、そういった去年までの自分にとっての普通を取り戻したい気持ちが大きい。
それとnoteを書くことが、心から今やりたいと思えているであろうことだった。

"noteを書くこと"は他の何かに投稿したりキュレーションサイトの記事を任せてもらうよりもずっと、心からやりたいと思えることだった。
私は自分の頭の中にあることを書きだすこと・文章にすることが好きな人で、それをnoteを通して見てもらえているということが今、仕事で自分の価値を見出せていない私にとって一番の生きがいといえるような部分になっている。
書くことは心が落ち着くし、見てもらえることは評価してもらえているように感じられて、純粋に嬉しいと思えることが増えた。

「やらなきゃ」ではなく「やりたい」と思えることは、突き詰めてしまうとそこまでないのかもしれない。
それでも私はこの数年間何かを書くということを全くしてこなかったにも関わらず、noteを始めてからのここ1ヵ月ちょっとは書くことにかなり救われている。
人生自分の認識している"やりたい"と、そんなに"やりたい"というエネルギーが強くないように感じていてもやってみたら実は自分が心から"やりたい"と思える物事は、大して一致していないのかもしれない。
心の底からの"やりたい"ではないことも必要だし、それは少なからず人生を豊かにしてくれる筈だからずっと大切にはしたいけれど、湧き上がってくる"やりたい"をもっと、見つけていくのもきっと楽しい。

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