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人が思うより自分が自分のことを高く評価する人でありたくない

少し前、年次評価が出た。
7段階中下から3番目、思っていたよりもよくなかった。
今年はいつになく頭を使って考えて、工夫を凝らして頑張ってきた。
3年目までは評価は全員一緒だと思っていたし気にしてさえいなかったけれど、休んだ分の挽回をしたい気持ちや評価システムへの理解度が上がったことなどから、評価を上げることにも精を出してきたつもりでいた。

その結果得たのは、半年休んでいた前回から1ランクあがったものだった。
前回は昇級0、これに関しては半分出勤していないから仕方ない。
今回は微量の昇級。
正直、もう一段階上が狙える圏内には入れていると思っていた。
年次得点は前年と2点も変わらない。
それは100点満点の評価なのに。

周りから自分の面談でもこの人があなたのことを褒めていましたよと言われたりとか、評価面談そのものでもすごく頑張ってくれたので去年より評価を上げましたよとフィードバックを受けたりとか、そんなことがあっても、評価は正直、出勤していなかった時とほぼ変わらない。
一応周りからそう言ってもらえることは最低限救いなのだけど、ここで問題なのは自分自身が人から得た評価よりも自分のことを高く見積もってしまっていたということだった。

私は私のことを80点だと思っている状態で周りから70点をつけられるって、恐ろしいことだと思う。
私は70点しかやれていない自分を見ながら80点の振る舞いができていると思い込んで、それって本当に思い上がりだし自分がなりたくない像そのものだ。
私は自分に60点をつけながら周りに70点をつけてもらえる人でありたいのに。

これを紐解いていくと、根本的に自分が正しいという自信がないのかもしれないけれど、人から評価されないものに対して自信を持つことはなりたい姿じゃない。
欲しいのは徹底的な謙虚さと、どんなことも素直に受け取れる状態であること。
結局綺麗に生きたいという欲が根底にあって、それと自分に対する評価が高いことが相容れないものになってくるから、価値観がバランスを欠いて揺らぎ始める。

評価がどうこうではなくてとりあえず今回私は自分にできる最高のことをやったよねって、それが思ったほど周りから評価されなかったとしてもちょっと基準とする場所が違ったんだろうねって。
頑張って取り組んだつもりでいた自分のことは否定せずに、でも謙虚で思い描くような綺麗な生き方をしたい自分も追いやらずに、そう両立しながら過ごせる未来を描きたい。

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