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【読書感想】感染症という視点から文学と哲学を読み解く

こんにちは、Yukiです。

今回は、福嶋亮大さんの『感染症としての文学と哲学』をご紹介します。

このような状況になってから感染症というテーマに興味を抱いていたところ、丁度合致するような本が出ました。そして期待通り、いやそれ以上に本書は面白かったです。

全部を紹介することはできないので、いくつかに絞って面白かったポイントを紹介したいと思います。

本の内容と感想

まず、本書は感染症が文学と哲学にどのような影響を与えたのかを概観することを目的としています。本書の表現を借りれば、「文化と病の関係を多面的に考えること、そのために病の文化史を改めて回顧してみること」(p.13)が狙いです。

序章にて著者は、自身の感染症に対する1つの見方を提示しています。一般的に僕たちは、感染症(ウィルス)が人間の身体の中に入ってくる、と考えます。しかしながらその考え方は人間中心的であると述べます。

むしろ、人間が感染症の中に入っていってると考えるべきだと主張します。なぜなら、インフルエンザウィルスや新型コロナウイルスなどの感染症は、人間の自然に対する働きかけが原因であり、ウィルスが主体的に人間に感染しているわけではないからです。

この文章を読んで僕は、川崎洋さんの『ことばの力―しゃべる・聞く・伝える』を思い出しました。この本の中で、川崎さんは「地球」という呼び方もいかにも人間中心的だと述べています。そして仮に、イルカが「水球だ!」と主張したら、我々は言い返すことができない。なぜなら、表面積の約7割は海ですし、イルカはそこに住んでいるからです。このような考え方にはっとさせられます。普段僕たちがいかに人間中心的に考えているかを自覚させられるからです。

また第2章では哲学と病の関係について、古代はプラトンから近代のフロイトまでを見ていきます。言い換えれば、哲学と医学の関係性に着目しています。

普通、哲学と医学とではかなりというよりも全くと言っていいほど分野が異なります。なので、読む前は両者の関係がいまいちイメージできませんでした。しかし読むと、両者は歴史を通じて密接な関係にあったことが分かります。

プラトンやアリストテレス以降、哲学は医学をモデルとしつつも、ときにライヴァルとして敵対しました。医学の側も哲学をときに敵視し、ときにその発想を吸収したのです。(p.139)

本章では、哲学者の思想や著作が紹介されるのですが、確かにところどころ病や感染症、医学を意識したと思われる表現がたくさん出てきます。感染症や病というのは、それだけ影響力の大きなものであると言えるでしょう。

そして第3章および第4章では、文学と病の関係に焦点が移ります。これも歴史を辿って解説されます。もちろんそれも面白かったのですが、それ以上に著者の文学作品の読みがとても面白かったです。一言で言えば、表面的な理解で終わらずに深いところまで辿り、様々な解釈や作者の思想を見出しています。

おそらくそれが可能なのは、研究を行う上で作者の人生やその時代の状況、人間関係など前提となる知識を膨大に獲得してきたからだと思います。

予備校講師の小池陽慈さんは、『“深読み”の技法: 世界と自分に近づくための14章』で、読むことと知識の関係性について4章分を使用して言及しています。知識があるかないかで読みに大きな差が出ることが、良く分かりました。

終りに

以上が僕にとって面白かったポイントになります。現在、感染症によって僕たちの生活に大きな影響が出ましたし、終りの見えない戦いを強いられています。

ただ、この経験は僕たちだけものではなく、過去に先人達が何度も経験しています。彼らの作品を読むことで、ヒントが得られるかもしれません。

そのときにガイドとなるのが本書です。このテーマに関心がある人は、是非本書を読んでみてください。

ここまで読んで頂きありがとうございました!

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