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迎え火と送り火の風景

会社員の娘で住宅地育ちの私が、農家の次男の夫氏と結婚したのは二十代の頃。
次男の嫁なので気楽な立場ではありますが、お正月やお盆、冠婚葬祭などのイベントに関しては、古い慣習を大切にする村のしきたりに結婚当初は戸惑ったものです。

農村の四季折々の行事は合理的ではないし、とても無駄なことのように最初は感じたのですが、天候に左右される農家は日々祈るように生活していて、そのひとつひとつが大切な信仰で、形式を丁寧に受け継ぐことが文化を作っていくのだと理解するまでにそれほど時間はかかりませんでした。

その四季折々のイベントの中で、私が一番好きなのはお盆の風景です。

農村のお墓は歩いていける村はずれにあります。
お盆初日の夕方は迎え火の提灯の列が村はずれの墓地から家に向かって、
お盆の最終日には送り火の提灯の列が家々から村はずれの墓地に向かって、
静かな光の行列ができるのです。

提灯の優しい光がふわふわと列を作る風景はとても幻想的です。

カナカナカナカナ、というヒグラシの声。

各家のメインの大きな提灯と、子どもらの持つ小さな提灯がゆるやかな列になりゆっくりと進みます。
いつも元気な子どもたちも、風で火が消えないようにそーっと提灯を運ぶから、いつになく神妙な雰囲気。

私の実家は歩いて行ける場所にお墓はないので、お墓に先祖を迎えにいくための迎え火を見たことはなかったのですが、不思議と懐かしさを感じました。

こういうのを原風景というのかもしれません。

歩く速さで運ばれる提灯の光はゆっくりと進みます。
きっと昔から変わらないテンポなのかもしれません。

ぼんやりと、提灯の列を眺めながら、目まぐるしく変わっていく世の中で、変わらないものはもうそれだけでかけがえのない価値を秘めているのだと思うのでした。

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