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<旅行記>初島―伊東―熱海(前編)

 住民票のある区からの料金補助を利用して、初島観光を兼ねて伊東の温泉宿へ行った。五月の長い連休が終わり、観光客が減る頃合いとなった頃の平日に、一泊二日で旅したのだが、「金と暇の有り余っている老人」たちと「円安の恩恵を満喫する外国人観光客」が意外と多くいて、のんびり・ゆっくりという感じにはならなかった。それでも、電車やレストランなどで行列を並ぶことはなかったので、まあ、良いタイミングだった。そして、何よりも好天に恵まれた。

 私の東海道線を下る旅は、いつも東京駅から始まる。今回は、妻が行ったことのない(実は私も今回が初訪問だった)初島を、伊東に着く前に観光したいということで、出勤するような朝七時前という時間に家を出て、通勤・通学の人たちとともに地下鉄に乗り込んだ。しかし、私たちのような旅行姿の人たちを多く見かけたのは意外だった。やはり五月は気候が良いのだろう。暑くなく、寒くなく、どこに旅しても快適な季節だ。

 そんなことを考えていたら、地下鉄の車内に、制服を着た小学校低学年の子供たちが、ちらほらと一人で電車に乗る姿が見えた。皆、私にとっては孫のような可愛い年頃だが、大きなランドセルを背負い、手には学校指定のロゴが付いたカバンを持って、ちょこんと座っている。また、遠慮しているのかあるいは落ち着かないのか、座らずにドア近くに立っている子供や、電車内をせわしなく歩いていく子供―こちらは小学校高学年だろう―を見かけた。

 徒歩通学ができる近所の公立学校ではなく、将来の社会的な成功を得られる「良い学校」に、小さい年頃から電車を使って通っているのだろうなと思ったが、その通学する姿がどうにも心配でならない。その理由は、私が海外に住んでいた経験では、公共の交通機関に子供が一人で乗ることはありえないものだったからだ。もし子供が一人で乗っていれば、文字通り「悪い人たち」のターゲットにされてしまうだろう。・・・でも、ここは「世界一安全な国、日本」だ。実際、子供たちを犯罪者の目で見ているような危ない人はいなかったと思う。そうはいっても、まだ空いてる時間帯は良いが、もしも電車の遅延などで酷い混雑になった場合、あんなに小さな子供たちはどうするのだろう?きっと大人たちに押しつぶされてしまうよ、と私はさらに心配してしまった。

 そんなことを旅の初めに考えているうちに、東京駅の東海道線下りホームに着いた。昔は始発電車の車内でのんびりと出発時間を待ったものだが、今は北から大勢の乗客を乗せた電車の到着を待つ風景に変わり、もう東京からの始発はほとんどない。まして今は通勤・通学の時間帯だ。ホームで待つ人も多いが、私たちが乗る電車からせわしなく降りてくる人も多かった。それでも乗る人より降りる人の方が多かったので、混み合わない車内を期待したが、神奈川方面へ仕事に行く人がかなりいるようで、「人がいないなあ・・・」という旅気分に浸れたのは、平塚を過ぎてからだった。ここまで行くと、さすがに通勤・通学の人は車内に見かけない。

東海道線ホーム

 人が少なくなって見やすくなった車窓から、山側にはちらほらと富士山が見え隠れし、海側では太平洋(東京湾と駿河湾)が見えてきた。空は良い天気だが、いつものとおり太平洋の海は黒い。これが南洋のような明るい緑ならもっと素敵なのだが、となにものねだりをする。そうして山と海をいくつか越えた後、今年二回目となる熱海に着いた。

熱海駅

 駅に着いた後、老人である私はすぐにトイレに向かうのだが、この熱海駅の改札横にあるトイレは、特に電車が着いた後は大行列になってしまう。今はオフピークの季節と時間帯だからまだしも良いが、これがハイシーズンと通勤・通学ラッシュの時間帯であれば、大変なことになるのではないか、と危惧しながら私は改札を出た。いつものとおりに、幟を持ったホテルの人たちが待ち構えていて、その周辺に行き先がわからずにうろうろする人や、様々な年齢層のグループが道の中央で話し込んでいる。その人垣をかき分けて、私たちは荷物をロッカーに預けた後、タクシー乗り場に向かった。

タクシー乗り場

 本当は路線バスで行きたかったのだが、妻が調べたところちょうどよい時間の熱海港までのバスがないので、値段の張るタクシー利用になってしまった。タクシーは熱海駅から山を下りて、海沿いの道を快適に進む。途中で「貫一とお宮」の像を通り過ぎた。私は妻に「女性差別反対の人が見たら、怒り狂うだろうね」と言う。そう、尾崎紅葉原作の新聞小説の大ベストセラー『金色夜叉』の主人公である旧制高校学生の貫一が、別の男の嫁になったことを謝罪する元許嫁のお宮に対して、当時の流行であった高下駄で蹴るシーンを再現した像なのだ。恋愛がこじれた末とはいえ、低姿勢で謝罪する女性を蹴るとは、なんて野蛮な小説だろう・・・?


貫一とお宮

 タクシーは港に着いた。さっそく初島行きフェリーのターミナルに入ると、既に乗船待ちの人がけっこう多く並んでいる。窓口で予約済みのチケットを発券してもらって、列に並ぶ。そういえば、窓口にこんなアニメのキャラクターをおくのは、どうなんだろう。少なくとも外国人観光客は喜ぶだろうし、また初島自体が老人よりも若者向けのリゾートだから、アニメのキャラクターは当然なのかも知れないが、私のような偏屈老人はどうも歓迎されている気分になれない。

熱海フェリーターミナル

 フェリーは面白い作りだった。座席があるのは乗船する三階から階段を降りた二階だが、さらにその下の一階に、まるで潜水艦のような丸窓が舷側にあって、その下には座席がなく代わりに絨毯が敷かれている。何か元は倉庫だったような不思議な空間だ(もしかしたら、今でも大きな貴重品用の倉庫に使用しているのかも知れない)。そこに大の字になって寝ている人がいる。気持ちよさそうだ。私は丸窓の高さがちょうど喫水線になっているのを見て、益々「これは潜水艦ではないか!」と思い、丸窓から外を除くと白波が目の前に迫ってきて面白い。しかし、フェリーは揺れを抑えるようにゆっくりと運航しているのだが、一番下の階は揺れがけっこう強い。ここで波しぶきが迫ってくる喫水線を見続けるのも楽しいのだが、船酔いしては困るので、私は早々に二階席に戻った。なお、座席のない三階はさすがに人が少なかったが、その上の小さな展望デッキは、大勢の人で埋まっていた。人は皆高いところが好きなのだろう。私のように船の底に潜って面白がっているのは少数派だが、面白いことに、多くの老人男性が、皆船内を行ったり来たりしている。船に乗った瞬間、彼らの年齢は60年以上若返るようだ。

フェリー2階席
フェリー1階丸窓
喫水線

 フェリーは、30分程で初島に着いた。思ったより起伏がなく平らでしかも小さな島だ。桟橋も、フェリーターミナルというよりは漁港というのが相応しい。しかも、その桟橋で多くの人が釣りをしている。「楽しそうだなあ・・・」と見ていると、長い竿で糸と針を次々と海へ飛ばしている。針が飛んだ青い海の先に見える緑豊かな伊豆半島の向こうには、傘雲の白さと残雪の白さが重なり合っている美しい富士山が見えた。

富士山

 良い天気だ。富士山を見ながら、富士山に向かって投げ釣りをするなんて、なんて贅沢なんだろう。そして、この写真だが、まるで富士山を釣るために糸と針を投げているようで、ちょっとした浮世絵気分になった。

釣りをする人、向こうに富士山

 上陸してから桟橋の東側に歩いて行くと、狭い道路の端に立ち止まって携帯電話で話をしている男性がいた。そのすぐ近くで奥さんらしい女性が「困ったわね・・・」というように手持ち無沙汰で待っている。近くを通りすぎたときに少し聞こえてしまったのだが、男性が「今すぐに対応できないので、待っていただけますか?」と丁寧に話している。たぶん、休暇で旅行している最中に仕事の携帯電話が鳴ったのだろう。そして、平日の午前でもあるので、相手(上司あるいは顧客?)は「早く対応しろ!」と要求しているのだろう。

 その声を聞きながら、自分が仕事をしていた時のことを思い出した。ちゃんと休暇願を出して、その日は仕事できませんよと連絡しているのにも関わらず、なぜか休暇で遠くに旅行しているときに限って、仕事の電話がかかってきた。わざと休暇を邪魔したくて電話しているのかと思ったくらいに多かった。電話をかけてくる方もそれなりの理由はあるのだろうが、こちらはせっかくの旅行気分を台無しにされてしまい、心身がリフレッシュするどころか余計にストレスを溜めることになった。そういえば、日曜にゴルフをしているときも度々携帯電話に(しかも、まったく緊急ではない)連絡が来ていた。(私が下手なこともあって)おかげでいつもスコアはさんざんだった。携帯電話の普及は大きなメリットがあったと認めるが、こうしたデメリットも沢山ある。もしも携帯電話がなければ、「仕事の場所から逃避して、非日常に埋没し、文字通りにリフレッシュする」ことを思う存分にできたとつくづく思うのだ(なお、緊急要件でない限りはメールで済ませてくれるようになったのは、少しの進歩だ)。

 船着場から遠くに見える富士山を眺めながら、海沿いの道を東に行くと、そこに二つの神社がある。初木神社と竜神宮だ。初木神社は女性(初木姫命)が祀られているが、なんと神社の入口にアニメキャラクターの顔出し写真用衝立があった。むうう。初島は、神社までアニメキャラクター路線なのか。

初木姫???

 しかし、そんないかにも観光用スポットよりは、私は神社の左手にある老木と、その下に祀られている朽ち果てたお地蔵様に感心した。たぶんこのお地蔵様には、老木の霊が宿っていると思う。それを証明するように、木の根がお地蔵様の下につながっている。このお地蔵様は、もしかすると初木姫命を守っているのかも知れない。

お地蔵様と老木

 また、私の想像では、初木姫を祭る初木神社の御神体は、実はこの老木なのではないかと考えた。なぜなら、「初木」という文字の意味を考えると、「初島に初めて生えた木」という意味に取れる。初島は溶岩の塊だから、最初に島が出来たときは噴火した溶岩で植物はなにもなかったはずだ。そこにおそらく鳥が運んできた木の種が育ち、初島で初めての木が成育したのだと思う。その木をご神体として「初木姫命」と名付け、初木神社を建立したのではないか。そう考えると、この老木とお地蔵様はとても重要なものだと思うのだ。

 初木神社を出るとそのすぐ先に竜神宮はあった。ここは神社というには少し寂しい作りだが、それでも長い年月を経てきたことがわかる年輪と風格を持っている。妻は「竜神様が地震を抑えていてくれる」と言いながら礼拝していたが、そういう妻は辰年、つまり竜なのだから、竜神にお参りするのは道理に適っている。

竜神宮

 二つの神社を続けて参拝した後、来た道を戻り、今度は港の西側に向かう。そこには「食堂街」と称する鮮魚料理店が並んでいるとパンフレットにある。そこで早めのランチにしようという予定でいた。左に海を見ながら歩くこと約10分、すぐに食堂街に着いたが、開店時間前とは言えなぜか閑散としている。私たちと同じにランチを食べにきたらしい観光客の男性が、私とすれ違いながら「奥の店しか開きそうもないですよ」と親切に教えてくれた。たしかに、食堂街の店は軒並みシャッターが閉まっている。また、港から近い場所の店は「本日は貸し切りのお客様だけになります」と貼り紙をしている。しかたなく、さっきの男性が教えてくれた一番奥の店を覗いたら、板前さんが暖簾を出す準備をしていた。

食堂街

 11時の開店までは、まだ少し時間があるので、道の奥にあるダイビングセンターの長椅子に座って海を眺める。「ダイビングする人たちが使用するものですので、ご遠慮ください」と注意書きされていたが、ダイビングする人も観光客もかなり少ないので、少しぐらい座っていても良いだろう。それぐらいの寛容さがこのゆったりとした空気には十分ありそうだ。そうぼんやりと思いながら、近くでダイビングの準備をしている人たちの姿を眺めた。風が少し強いので白波が立っているが、たぶん海底は静かなのだろう。今日は良いダイビング日和ではないか。ふと見ると、コンクリート製の岸壁の上に貝殻が重なっていた。サザエだと思うが、私はあまり貝類を好んで食べない。どうやら、店が開いたようだ。

貝殻

 妻と私は「いいですか?」と言いながら、誰もいない店にそっと入る。店の中からの返事はない。暖簾を出していた板前さんは、キッチンで黙々と準備をしている。その横にいる奥さんらしい人が気づいて、「どうぞ・・・」というので、キッチンから近いテーブル席に座った。店内は家族連れを想定しているのか、座敷が広い。そして、一番奥の座敷の向こうには大学チームの駅伝グッズがあり、その下には「予約席」の表示とともに、イセエビのぬいぐるみが座っていた。たぶん、席を他人に取られないように番をしているのだろう。それよりも自分が食われないよう注意した方が良いとも思うが。

イセエビの座る予約席

 今日最初のビールを飲む。本当は生ビールを飲みたいのだが、店の口開け最初の生ビールは、タップの口に雑菌が残っている場合があるため、お腹を壊しやすい私は瓶ビールを頼むことにしている。でも、旅先で飲むビールは旨い。特に最初の一杯は、湯上りの一杯やラグビーをやった後の一杯と同じくらいに身体に染みわたる。

 名物の海鮮丼を私はアジとイカで頼んだ。妻はアジとカツオにした。さらにつまみでイカゲソ揚げを注文する。このイカゲソは大きくて、しかも柔らかい歯応えのため、どんどんとビールが進む。私はすぐに二本目を頼んでしまった。そうしたら、さっきの店の奥さんが、そら豆を煮たものをサービスしてくれた。気づくと、店が開いているのを知ったお客が次々とやってきて、テーブル席や座敷に座りだした。でも、「予約席」はイセエビ君が頑張っている。おそらく、常連さん以外はそこに座れない特等席なのだ。大勢の威勢の良いグループが入ってきてすぐに満席になった。座ったとたん、「生ビール6、ゲソ揚げ3、刺身盛り合わせ2」など大声で注文している。注文を取る奥さんは、とても忙しそうだ。

海鮮丼

 ふと店の外を見ると、順番待ちをする人が並んでいる。あまりのんびりと飲み食いしているわけにはいかないので、私たちは早々に食事を済ませて会計をした。そのとき、店の奥さんから「最初に入ってよかったですね」と言われた。さすがに一軒しか開いていない状況では、「はい、私は招き猫ですから」とは返せなかったのは、返す返すも残念だ。ただ、義理堅い私は、イセエビ君に背中で「あばよ!」と一応挨拶をしておいた(敢えて付記すれば、気分は『椿三十郎』の三船敏郎である)。

 その後、さらに西へ海沿いの道をてくてくと歩いて行った。見渡すと、どこもかしこも溶岩だらけで、まるでゴジラの上を歩いているような気分になった。そういえば、ゴジラは初島に上陸していると思う(注:私が確認した限りでは、大島は出てきても初島は出てこないようです)。ゴジラが歩いた後が溶岩にあるかも知れない。そして、その溶岩がゴロゴロしているところに、太平洋の白波が激しく押し寄せて砕け散っている。溶岩がちょうど良い波消しブロックになっているようで、自然の摂理に感心する。

初島の海岸

 そうした波が溶岩に砕けるのを眺めていたら、なぜか東映映画の最初のテロップを思い出した。もしここに、鶴田浩二や若山富三郎が角刈りの着流し姿で雪駄をちゃっちゃと音させながら歩いてきたら、きっと良い絵になるだろう。そうして砕け散る波を見ていたら、いちゃいちゃした若いカップルが、私たちの視線を遮るように前を悠然と横切っていった。そう、私と同じように彼らも自分の世界に入り込んでいるのだ。

 しばらく歩いて行くと、「PICA初島」というリゾート施設に着いた。そこから石段を少し登っていくと、施設のひとつであるアジアンガーデンがあった。既にチケットを買ってあるので問題ないのだが、入口には係の人が誰もいなかった。まるで閉鎖した施設のようだったが、仕方なくそのまま園内に入って近くのベンチで休んでいたら、別の入場者が来たのに気づいた窓口のお姉さんがひょっこりと出てきた。正直者の私は、来園者への対応が終るのを待ってから、お姉さんにチケットを渡してきた。お姉さんは、「チェックなしで入っていたのですか?」という違和感も何もなくチケットをもぎってくれた。実にのんびりしたものである。私たちより先に入っていた中国系の観光客(チケットを渡しているのだろうか?)が、初島レモンのモニュメントで写真撮影をしてはしゃいでいる。あまりにも楽しそうなので、さっそく私たちも撮影したが、どうも面白くない。特大レモンと一緒にいて、何が楽しいのだろうか?しかも、このレモンは不味そうだ。

初島レモン

 さらに園内の奥へ進んでみた。あちこちに家族連れがちらほら見える。少し歩くと海が見渡せる大きなブランコがあった。ここも撮影スポットらしく、中年夫婦(あるいは不倫カップルか?)の女性が、まるで子供のようにきゃっきゃ言いながらブランコに乗っていて、それを男性が熱心に動画撮影をしている。実に楽しそうで良いのだが、残念なことに撮影時間がかなり長く、いつまで経っても終わらない。さらに、ようやく撮影が終わってからも、ブランコの先にある場所から海を見て二人ではしゃいでいる。この青春そのもののような明るさから考えると、やはり不倫カップルなのかもしれない。私たちのような老夫婦には、こんなはしゃげるほどの体力も気持ちも、とうの昔に消えているのだから。そのうちに女性が順番待ちしている私たちに気づいて、二人で恥ずかしそうに逃げて行った。やっぱり不倫だ、それに間違いない。でも、私は探偵事務所の人間ではないので、証拠写真を撮っていませんからご安心ください(そのため、ブランコの写真はありません。もしあっても、それは秘密です)。

 不倫でもなんでもない私の妻が、ブランコに乗っているところの写真を撮ってくれというので、忠実な夫である私は妻のスマホで撮影する(妻の許可がないため、この写真は掲載できませんので、悪しからず)。しかし、さすがに不倫ではなく正式な夫婦だから、動画までは撮らない。もっとも、写真と動画の関係がどう不倫とつながるのかは永遠の謎であるが、なんとなくわかってしまうのが浮世の定めなのだろう、と思っている、たぶん。

ブランコの先の海

 午後の気温が上がってきた。そして、けっこう日差しが強く、反応しやすい私の身体が汗ばんできた。また、ランチの時に入れたガソリン(ビール)がそろそろ切れてきたので、アジアンガーデンにあるバーでビールを飲むことも考えたが、ここですぐに飲むよりも、当初から予定している園内にある温泉で一汗流してから、ビールを飲む方を採用することにした。そこは、「海泉浴『島の湯』」というところで、外観からは温泉には見えない小さなものだった。しかし、その目立たなさが、混雑を避けたい私には都合が良かった。女性用は中国人観光客が一人入っていたそうだが、男性用は、私だけの貸し切りだった。

島の湯

 一人で広い風呂に入るのは気持ちが良い。それがさらに海を眺められる露天風呂なら、もっと心地よい。後から妻に聞いたのだが、女性用露天風呂は、海から見えないようにするため、少し高い場所にあるそうだ。ところが男性用は、見られても構わない(特に私のような既に用無しの身体では)ためか、沖合に浮かぶ釣り船がよく見える場所にあった。そう、こちらから見えるということは、向こうからも見えるわけだ。でも、まあ気分が良いからいいんじゃないですか?と独り言を言いつつ、私は少し塩辛い湯にゆっくりと浸かった。・・・こんな露天風呂、我が家にあれば良いのになあ。

熱海ビール@初島

 湯上りのビールあるいは燃料補給をする。旅先ではなるべく地元のものを味わうようにしているので、熱海ビール(ペールエール)を飲んだ。ここまで我慢した甲斐があった気分になる。そして、テーブル席を通りぬける海風が、良いつまみになっている。熱海に戻るフェリーの時間まで50分程あるので、ビールをゆっくりと味わい、それから来た道をベンチで休みながら戻ることにした。桟橋から近い場所に、ちょうどよいカフェがあった。まだ時間がたっぷりとあるので、そこでソフトクリームを食べた。しかし、私の招き猫たる面目躍如で、次々とお客が来てしまう。それで、ゆっくりと食べる余裕がなくなり、早々に店を出た。テーブル席は一つしかなかったのだ。

ソフトクリーム@初島

 桟橋に着いた。まだフェリーは来ていない。妻が地元のスーパーを見たいというので、その間、周囲の写真を撮って時間をつぶす。スーパーを見た妻が戻ってきたので、とにかくフェリー埠頭に行った。まだ20分程時間があったが、既に順番待ちの老夫婦がいた。たぶん東北から来たとわかる訛りのある言葉で、男性が「待たせるなら、椅子ぐらい用意しろよ!」と誰にともなく怒っている。しかし、そうやって怒ってもねえ・・・私はその後ろで、さっき温泉で使ったタオルを入れたビニール袋を尻の下に敷いて、港の風景を眺めながらぼんやりと乗船時間を待った。出発10分前に案内があり、フェリーに乗船した。桟橋をバックしながら離れたフェリーは、来た時と同じにゆっくりと熱海港に戻って行った。ランチを含めてビールを三本飲んでいる私は、座席で午睡を楽しむことにした。船の揺れがちょうど良い。

初島の桟橋

<この続きは「後編」で>


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