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大人の習い事ほど、無駄で、有意味なものはない。

在宅勤務になってからというもの、社用PCの電源を入れるよりも先にPS4の電源を入れ、Amazonプライムでドラマを流し見しながら仕事に勤しんでいる唯です。

コロナ禍に突入してからは、上記の要領で『東京ラブストーリー』『オレンジデイズ』『重版出来!』『中学聖日記』等を見て参りましたが、さて、今度は何を見ようかしらとプライムビデオを漁っていたところ、あったよ『G線上のあなたと私』。こちら、『あなたのことはそれほど』のいくえみ綾の恋愛漫画を原作としているにも関わらず、リアルタイムではノーチェックでした。予告編を見てね、波瑠が「おならみたいな音」と言っていてね、何だかもさいドラマだなあと食わず嫌いしたのです。しかし、蓋を開けてみれば周囲からの評判は上々。いつか見なくては、と密かに頭に留めていた作品でした。

作品のイントロダクションは以下の通り。

恋愛マンガの名手・いくえみ綾の人気漫画を、主演・波瑠×「あなたのことはそれほど」チームが再集結しドラマ化。「大人のバイオリン教室」で出会った年齢も立場もバラバラな3人の男女が、さまざまな事情を抱えながらも初めてのバイオリンに挑戦。日常に起きるほんの些細な出来事が織りなす、世代を超えた恋と友情の物語。波瑠が演じる小暮也映子は、寿退社間近に婚約を破棄された元OLの27歳アラサー女子。たまたま聞いた「G線上のアリア」の生演奏をきっかけに、興味を持った大人のバイオリン教室に通い始める。教室に行くことだけが日々の楽しみとなっていく也映子だが、今まで出会うはずのなかった人たちとの出会いによって、日常に彩りが添えられていく。そんな也映子がバイオリン教室で出会う、不器用で真っ直ぐなイマドキの大学生・加瀬理人役には中川大志。そして、もう1人のバイオリン教室仲間で、小学生の娘を持つ平凡な主婦・北河幸恵役を松下由樹が演じる。

波瑠と言えば、先般最終回を迎えた『♯リモラブ~普通の恋は邪道~』然り、『サバイバル・ウエディング』然り、アラサー・恋愛弱者のラブコメものに出ているイメージが強い。今回も、月9の様な正統派ヒロインではなく、クラスのカーストでは中位に居た様な女子(地味だけど真面目で成績優秀。キラキラ女子達のカースト上位に身を置けば、うんうんと苦笑いで話を合わせ、オタク集団とオタク話で盛り上がりたいと願いつつ、カースト下位の彼らを若干憐れんで見ている様な、息のし辛いカースト中位。)を演じています。

「居心地の好い場所を一つ持っていなさい」

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ここで、私の習い事履歴について少し話をさせて欲しい。

私自身、幼少期から沢山の習い事をやらせて貰っていた人間だ(両親に感謝)。幼稚園の頃から高校まで、ピアノ・クラシックバレエ・絵画教室・そろばん・ミュージカルスクールと、基本はこの5つの習い事を掛け持ちし、学校から帰ってから1日に2~3つの教室を回るというスケジュールで私の生活は成り立っていた。

習い事という範囲内ではあるが、舞台に立つ経験を重ねたことで女優になりたいという気持ちが芽生え、音楽大学のミュージカルコースに進んだ。しかし、結局はそれを仕事にはしなかったし、何れも趣味の中で今も楽しんでいる。

だが、習い事を通して、様々な技術や努力する姿勢が培われたことは勿論で、私の世界が格段に広がったことは間違いない。

その中でも、学生だった当時、「学校以外の場所があることを知っていたこと」は、とても大きな心の支えになっていた様に思う。

私達は、学生なら学校、就職したら職場、結婚したら家庭、という様に、日々の活動の主軸となる場所を持っている。そこでしっかりと地に足を着けて生活の基盤を築くことは生きて行く上で必至だが、必ずしもそこに縛られ囚われる必要はない。その場所だけが、自分の全てではない。この地球上には広大な土地があって、死ぬまでに会えない人がうじゃうじゃ居て、星の数ほどのコミュニティがひしめいている。むしろ、メインとなる場所以外での「居場所」を用意しておくことが、人を救い、癒し、明日へと進む糧をもたらしてくれるのではなかろうか。

『G線上のあなたと私』では、「毎週月曜夜7時、それが今の私の約束の時間になった」とある様に、毎週のバイオリン教室が3人にとっての居場所となって行く。別に毎日顔を合わす訳でもない緩い関係だから、そんな間柄だからこそ、言えることがあるし、正直になれることがあるはずだ。他の場所では息苦しさを感じていたとしても、教室の扉を開けば、いつもより深く息を吸い込める、そんな場所。

私も、学生時代に学校以外の居場所を複数抱えていたから、学校で上手く行かないことがあろうが、習い事という場で自分を思いっきり表現出来た。また、学校でも家でも殆ど叱られることが無かったから、習い事の先生に𠮟られると嬉しかった。そんな風に、私の生活を、人生を、豊かに彩ってくれた。私の青春そのもの、だ。

学校が全てではない。職場や家庭でのあなたがあなたでの全てではない。色んなあなたが居ていい。そして、大人になっても、青春は謳歌できるのだ。

それぞれの年代ならではの「若さ」がある。

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人生には、年齢毎にステージがあって、その年代毎に頭を悩ませる課題が異なる(無論、マジョリティとしての一般論の一つをここでは取り上げているだけであって、年齢に限らず悩みは人それぞれ)。

也映子にとっては、アラサー・未婚・無職の女性ならではの、恋愛とは?結婚とは?私のやりたいこととは?が悩みであり、理人は、大学生らしく就職活動中で、学友兼バイト仲間の気持ちに気が付きながらも曖昧に流しつつ、初恋の人を未だに忘れられず、幸恵は、専業主婦の嫁姑問題・夫の不倫問題を抱えている。

年代や普段の環境が全く異なる3人。それぞれのテリトリーで無難に生活を続けていたら、恐らく交わらなかったであろう3人。だから、わかり合えない部分も大いにあるだろう。でも、3人は互いをわかり合おうとする。わかり合えないであろう人間同士にもわかり合える部分は必ずあるし、わかりたいと願って想像力を働かせることに大きな意味がある。

それに、色んな人が居るから、この社会は成り立っている訳で。色んな人と関わるからこそ、色んな色が増える訳で。

同じ様な環境に在る人間が集うと、結局は通例や慣例や常識に囚われてしまうし、時には嫉妬や攻撃性も生まれるかもしれない。でも、その時代を乗り越えた人間から見れば、也映子も、理人も、幸恵だって、若く見える。若いって良いなあ、って。それで、ついつい応援したくなる。一つフィルターを外したところからフラットに眺め、優しく温かく手を差し伸べる関係性が羨ましい限りだ。

だから、やっぱり、この3人が巡り逢ったことには偉大な価値があるのだ。自分とは異なる人間を排除するのではなく、積極的に違う人と関わることの出来る人間で、社会でありたいね。

アラサー女子と男子大学生の恋=ファンタジー。

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今作、いくえみ綾が原作なのだから、もちろん恋愛ドラマとしての要素も多分に持っている。そのカップリングは、言うまでもなく波瑠×中川大志。中川大志がイケメンであることも言うまでもないが、台詞の一言一言があまりにも辛辣で的確過ぎて、也映子と同じくアラサーの私としては、いやあ、身に応えましたね。

アラサー未婚・実家暮らしの女子らしく、ふわふわと足元の覚束ない也映子は、本当にやりたいことは何なのか、人を愛するとはどういうことなのか自問するのだが、それにもバッサバッサと斬り込んで来て。「何?それで適当に慰めて欲しいの?」「その歳になってもまだやりたいこととか考えてるわけ?」的な否定的な言葉を豪雨の如く降り注ぎまくるのだから、これはね、本当にストレッサーですよ、理人くん(大学生のガキに何が分かるんじゃい)。

確かに、彼の言うことは真理なのかもしれないけれど、それを批判的態度で年下の男に滔々と説教され続けたら、私だったらもう絶対に会わない。会えない。まあ、彼も初恋が成就しなくて、それを未練がましく引きずっているこじらせ男子であるし、自分のコンプレックスに対するもやもやを勝手に也映子に投影しているだけなのは分かるよ。その言葉の数々は愛あってのものなのでしょう。それを上手く表現出来ない不器用な青年なのでしょう。

それは、わかる。わかるけど、この態度を継続するならば、互いを傷つけ合うだけの関係に陥るだろうし、それは絶対にいつか破綻を迎える。理人はモラハラ男の典型に思えてしまう(私の僻み込みかもしれない)。

そうです。世の男性の皆さん。これは、中川大志だから許される訳であって、ドラマの世界だから成立しているのであって、これを日常生活でやっても何の効力もありません。

私は、世のアラサー女性は、前向きな言葉で肯定されながら、心からの笑顔で、一緒に前に進んでくれる男性を求めます。

しかし、この歳になってみたら、同年代の素敵なメンズは既に売約済みである。そう考えると、年下男子との恋愛に目が向くのはアラサー女子のあるある。8個下の大学生と付き合えるなんて、ファンタジーの世界の話なので、どんな子でも言い寄って来てくれたらほいほい尻尾を振って付いて行ってしまうだろうなあ(そう考えると、年上女子がヒモの年下男子を抱えるという関係性はごく自然な成り行きの様に思える)。

学生らしい真っ直ぐらしさ、ただただ今を見つめる態度と熱量は、とても頼もしく眩いし。

それにしても、この也映子×理人の、友達から恋人までの時間が長過ぎる!!え、巷の皆さんは、男女の距離を詰めるのにこんなにも長い時間を掛けるのですか(私の恋愛がいけないのか)!!

そんな若い2人の恋路を見守る松下由樹は、昔から変わらないお節介おばさんパワー全開で、フジパンのCMのハイテンションのまま、2人を繋ぐキューピッドとして立派に役割を全うしていました。彼女って、『ナースのお仕事』の頃から(つまり私の物心ついた頃から)全然変わらない。変わらない、おばさんらしさ。国民のおばさん。

そんな幸恵さんからの「緩くて優しい世界に留まってちゃ駄目よ。本当に大事な人とは、緩くて優しい世界のその先に行かなきゃ。じゃないと、深くは繋がれないんじゃないかな」は、人生の酸いも甘いも経験している人間にしか紡げないだろう、含蓄のある言葉として深く響いたよ。

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そう、私達はみーんな、へなちょこで、へこたれだ。でも、だから、それを晒し合える人間が一人でも居たら、世界はちょっと優しくなる。弱さを隠す必要なんて無い。人は、弱い人を放っておけないもの。人は人を支え、支えられて生きているのです。

幾つもの習い事を経験した私ですが、バイオリンの様な「持ち歩く楽器」を一度やってみたかった。楽器を背負って歩く人間は、きっと感じられるはずなのだ。わたし、バイオリンやってるのよ、という優越感を(邪な動機)。今現在は空手をやっている私なので、「黒帯になったら、道着に帯を巻いてそれを肩掛けするスタイルを実行しよう!」と夢見ていたのですが、あれは毛利蘭しかやっていないらしい。

さて、明日からは何のドラマを見ようかな(ちゃんと働け)。

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